今週末、空いてる?

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最初は、神道龍之介って名前だけでもう圧倒されたーー斜め前に座っている、俺の同期。 でも、名前負けしないというか、顔は男の俺から見てもかっこいいと思うし、仕事でも先輩より頼れる奴だ。上司にも、媚びたりしないがーー俺にはそう見えるーー気に入られていて、それをちっとも鼻にかけたりしない。 性格は、なんというかーーあっさりしていて、無駄がない感じ。うまく言えないな。 社交的だけど広く浅く、という気がする。 決まった誰かと一緒にいることが少ない印象だ。 これは他の同期の奴に聞いた話だが、家が相当な金持ちで、幼少期から有名な私立一貫校に通っていたらしいが、それでも大学では首席だったそうだ。 なぜこの会社で働いているんだろうーーここは、大手とは言えない中小だし。 相手には困らないはずだが、まだ結婚はしてない。俺たちは、今年で28になるーーまだ早いかもしれないな。 そんな同期の男からの、突然の誘いだった。 「赤瀬。海野リゾート行かない?一緒に。」 月曜日の昼休憩中、神道から声をかけられた。 「え?海野って…めっちゃ高いとこじゃん。俺はちょっと無理。」 なんだ、急に…。俺は、少し動揺した。 俺は神道と、旅行はおろか、遊びに行ったことすらなかった。部署内の飲み会はたまに参加するが、サシ飲みは一度もしたことがない。 「実は、もう予約が2名で取ってあるんだ。タダでいいよ、急に誘ったんだし。」 「は!?いやいや、そんなわけには…え、なんでそもそも2名で取ったんだよ。」 「彼女と行くはずだったんだけど、向こうが都合悪くなってさ。別にキャンセルしても良いんだけど、せっかくだし。」 「あ〜、なるほど。それは残念だったな。」 ーー彼女いたのか。 「で、一緒に行かない?まじで、下着以外手ぶらでいいから。」 「え〜…てか、なんで俺?」 「同期の中で俺が1番仲良いの、赤瀬だと思ってるから。」 「へぇ…。」 「まあ、そっちがそう思ってなかったら残念だけど。」 そんな風に思ってたのか? こいつ、誰にでも愛想良いし、付かず離れずって感じで、俺の感覚だと、そこまで仲が良かった気もしないがーー。 「前に1回行ったことあるけど、すごく良い宿なんだ。ほんと、タダでいいから。」 真の金持ちに言われると、なんだか罪悪感も薄い…気がするけど、本当に良いんだろうか。 「じゃあ…行くよ。あ、でも、いつ?」 「よし。今週末な。」 「俺に予定があるかもとか思わなかったのか?」 「え、予定ある?」 「ないけど。」 「そこまで考えてなかった。よかった、予定なくて。」 「うん…いや〜、てか、男2人で旅行かよ。」 「別に変じゃないだろ。俺は、何回かしてるけど。」 「あ、そう…。」 「あと、旅行の前日にホームパーティーするんだけど、赤瀬も来いよ。」 「ホームパーティー?元気だな、お前。」 「それほどでも。金曜だしな。」 「会社の奴らじゃないよな?」 「俺の大学の時の友達とか、知り合い。20人ぐらいは来るんじゃないかな。」 「コンパの主催者か?お前は。」 「はは、たしかにくっついたカップルもいたな。副業にしようかな。」 「できる、できる。」 結局、ホームパーティーには行かなかったーーさすがに部外者すぎるだろ、俺。 でも旅行は、少し楽しみだ。 ーー週末、無事にホテルに到着した。 「うお〜すげ〜!みんなが憧れる高級宿、海野リゾート…に、男2人。」 「そんな気にするなよ。」 「あ、でも、神道とだとなんだかオシャレな感じで、恥ずかしさとか微塵もないわ。すげえな。」 「すごい?はは、なんだ、それ。」 そうだ、こいつはなんというか…爽やかというか、品があるんだ。男2人のむさ苦しい旅行になると思ったけど、なんだか別物みたいだ。すごく、楽しい。 「おま…バスローブ似合いすぎ!」 「え?バスローブに似合う似合わないって、ある?」 「ある!俺なんか似合わないから、速攻パジャマ着たし。」 「なんでだよ。バスローブ着ようぜ。」 「無理!ははは、なんでも様になるな〜、神道は。」 「…赤瀬は、よく俺のこと褒めてくれるよな。」 「…え?そう?」 「うん。無意識なの?」 「うーん。全然意識はしてなかった。」 「赤瀬は良い奴だな。育ちが良いんだろうな。」 「い、いや…育ちが良いのはお前だろ!」 「俺はそんなに…自由奔放に育てられてきたと思うよ。悪く言えば、放置というか。でも、行儀やマナーに関してはとにかくうるさくて、教養だけは身についたかな。」 放置…?厳しすぎないのは良いことかもしれないが、ほっとかれるのも考えものか。 なんだか、神道に対して興味というか、なんとも言えない感情が芽生えた。もっと、神道について知りたいと思った。 「そうだったのか…。」 「そこは感謝してるかな。まあ、そのありがたみも社会人になってから分かったんだけど。」 「そうか。」 たしかに、立ち居振る舞いから家柄の良さが出ている。俺の神道のイメージはーー 「神道は…ブレないというか、自分っていうのがちゃんとあって、周りに流されない奴だと思ってた。いいよな、そういうの。」 「ふふ、そんな褒めても何も出ないぞ。」 「ここに泊まれただろ。」 「ああ、たしかに。やるな、赤瀬。」 「ありがとな。俺のこと、誘ってくれて。」 「いやいや。」 今だったら、色々聞けるような気がする。 「あ〜…彼女とはさ、どんくらい付き合ってんの?」 「うーん、まだ1年ぐらいだな。」 「へえ。どこの子?」 「知り合いの紹介でさ。ホテルオグラの社長の姪なんだよ。」 「え、あの有名ホテルの!?すげえ!」 「たしかに、すごいお嬢様だよ。ちょっと世間知らずなところもあるけど、良い子だと思う。」 「へ〜…やっぱ、世界が違うわ。」 「赤瀬は?何かあるだろ?」 「俺?あ〜実は…先月別れたばっか。」 「そうだったのか…元気出せよ。」 「うん、まあ、元気だけどな。」 「もったいないことしたな、彼女。」 「え?」 「赤瀬は良い奴なのに。あ、自分からフッたの?」 「いや…どちらかというと、向こうからかな。最後は話し合いだったけど。」 「ふうん。」 「……。」 なんだか、微妙な空気になってしまった…。 「ワイン、飲むか?」 「え、ワイン?あるのか?」 「ルームサービス頼もう。景気付けに。」 「へえ…。まあ、悪くないな。」 「うまいな〜、このワイン。チーズもうまい。」 「そうだな、頼んで良かった。」 「ふ〜、海野でフレンチディナー食べて、部屋でルームサービスのワイン飲んでチーズと生ハム食ってる…最高だな。まじで、神道には感謝しかない。」 本当に、そう感じた。最高の気分だ。 彼女じゃなくても、男同士でこんな風に旅行してみるのも、中々良いものだ。 「どういたしまして。」 「てかお前、はだけすぎだろ。」 いつの間にか、神道の上半身のバスローブが肩から落ちていた。 「ああ、暑いんだよ。」 「酒飲んだからかな。もしかして、弱い?」 「そんなに強くないけど、弱いわけでもない…と思う。」 「結構、顔赤いぞ。」 「ん〜。」 神道は、ボフッと、ベッドに寝転がった。 「大丈夫か?酔った?」 「大丈夫。」 「ほんとか?気持ち悪くない?水飲めよ。」 ほら、と水の入ったグラスを神道へ渡した。 「ああ、ありがとう。」 そう言ってコップを受け取り、水を飲んだと思ったら、ボタボタとこぼしている。 「おい!こぼしてる!やっぱ酔ってんだろ。」 「ぶは、ほんとだ。」 「バスローブで良かったな。パジャマに着替えたら?」 「いい、このままで。」 「なんでだよ、冷たいし、それで寝るんじゃ寒いだろ。風邪引くぞ。」 「大丈夫〜って。」 「やっぱり酔ってるな。パジャマ着ろ!」 「しょうがないな…。」 神道は渋々といった感じでパジャマを着ようとして、バスローブを脱いだ。俺はびっくりして、声を上げた。 「おおい、お前!パンツはいてないのかよ!」 「バスローブでパンツはかないだろ。」 「知らん!とにかくパジャマ着るんだから、パンツはけよ!」 「どこにあるんだ?」 「知るかよっ!」 今のはボケか?少し笑えてきた。 「俺のバッグ見てくれよ。」 「自分で見ろよ…。え、こん中漁っていいの?」 近くにあった神道の荷物に手を伸ばした。 中は整理されていて、性格が出ているなとふと思った。 「いいよ。」 「…え、これ?」 「うん、それ。」 「ほらよ。」 「はかせてくれ。」 「自分でやれ!バカ!」 なんだよ、酔うと面白いな。なんていうか、急に俗っぽくなる。自分と同じ、28の男なんだと思えた。 「めんどくさいんだよ、パンツはくの。」 「お前、まさか普段、ピシッとしたスーツの下ノーパンじゃないだろうな?」 「さすがに…まずいよな。」 「ま、まじか…。」 「はは、嘘だよ。はいてるって。」 「ほんとかよ。」 嘘か冗談か本当か、よく分からないな…。 「はあ…誰かと、こんなバカなこと言い合うの初めてかも。」 「へ?」 「赤瀬が初めて。パンツ論争?」 「そんな白熱してないけどな…。」 「楽しいなぁ。赤瀬と来て良かった。」 「え…そう?まあ、俺も誘ってくれて良かったと思うけど。」 「ふう〜。」 やっとパンツをはいたと思ったら、パジャマを着ずに神道はベッドに倒れ込んだ。 「おい、パジャマ!」 「着なくてもいいだろ。めんどくさいよ。」 「風邪引くって、まじで!ちゃんと着ろよ。」 「赤瀬は世話焼きだなぁ。」 「ふつうだろ…。」 「そういう奴、嫌いじゃないよ。むしろ…好きだな。」 「ボタンとめてやろうか?坊ちゃん。」 「いいな、それ。」 そう言いつつ、着ようとしない。 「いいからさっさと、着ろ…。」 無理やり上着を羽織らせようとすると、急に神道に抱きつかれた。一瞬、体が固まった。 「……!?」 「良い匂いだな。同じボディソープだけど。さすが海野。」 「……。うん。まあな…。」 ……どういうことなんだろう、これは。 「俺、熱くない?」 「うーん、そうか?てか…え、どうしたんだよ、急に。」 「なんでだろうな…。」 「…パジャマ着ろよ。いい加減。」 「やっぱり嫌だ。」 「は!?」 「赤瀬も裸になってみろ。気持ちいいから。」 「あ、おい!何してんだよ、ボタン外すなって…。」 「肌触りいいな。」 神道は、俺の胸に頬をくっつけてきた。 「はあ!?そ、そんなこと!は、初めて言われたけど…!?」 なんだ、これ。抵抗しようにも、体が動かない…。俺は拒絶したいのか?ただ戸惑っているだけにも思える。一体これは、どういう状況なのかと…。 「少しドキドキしてる?」 「だ、だってさっき、酒飲んだから…!」 「ふうん。」 「ちょ…ちょっと!暑いから離れろ!」 やっと神道を体から引っ剥がした。 「だめだった?」 「だめっていうか…!なんだよ、これどういう状況なの…。」 思いがけず、心臓がうるさい。 「暑いなら、パジャマを脱いだら?」 え?と思う間もなく、あっという間に上着を取られてしまった。なんという早技…。 「俺のパジャマ返せよ!」 「返して欲しければこっちに来い。」 「……。」 ギシッ 神道に近づいた。 「取らないのか?」 「…あのさぁ、お前。もしかして…。」 「なんだ?」 「いや…なんていうか………誘ってる?」 口に出すと恥ずかしい…何を言ってるんだ、俺は…。 「……ああ。」 「……。」 しばし沈黙が続いた。 「……引いた?」 「へ?あ〜…と。」 なんだか間抜けな声が出た。 神道は俺をまっすぐ見つめている。 「わ…かんねぇ。え、ていうか…冗談だろ?色々とさ、酔ってるから。」 わかっている。冗談ではないことぐらい。 さらに心臓が高鳴っているのを感じた。 「…そうなのかな。」 俺に聞くな! 「…お前、いい加減、風邪引くから!」 パジャマを手に取ろうと目を逸らした瞬間、腕を引っ張られてベッドに押し倒された。すごい力だ…。 「……。」 「…嫌?」 神道が俺を見下ろしている…。 「………。」 「黙ってるのは…嫌じゃないってことか?」 「だ、だって、こんな…。」 急展開で。 「俺…俺たちは…。」 言葉がまとまらないうちに、唇が重なった。 「…神道。」 「嫌なら、蹴り飛ばせよ。」 体が動かないんだよ…。でも、なんだろう。満更でもない自分がいる。この先を期待しているみたいだ。 体が、熱い。 神道の目を見る。見つめ返してくる神道の目は、少し潤んでいた。やっぱり酔っているな。 俺は酔いも醒めているのに、ずるい奴だ。 神道のうなじに手をかけて、引き寄せる。 唇を合わせると、舌が入ってきた。 …………。 ……う、上手い。くそ……。 神道が少し唇を離した。 「ああ…気持ちいい。」 そう言いながらもう一度、唇を重ねてきた。 「赤瀬……。」 あーー……やられた。 自分が、ストンと落ちるのがわかった。こんなに、たまらなく相手をどうにかしたいと思ったのは、初めてかもしれないーー。 ーー翌朝。 目が覚めると、神道はもう起きていて、ベッドに腰掛けていた。 「……神道。」 「!」 背中を向けていた神道が、パッと振り返った。 「……。」 時計を確認すると、6時50分だった。 「早いな。まだ7時になってない…。」 そう言ったところで、神道が口を開いた。 「ごめん。」 「…え?」 「昨日…。」 「あ、ああ…いや。」 なんて言ったらいい…。まさか、後悔しているとか? 「体で払わせるとか、そんなつもりじゃなかったんだ。赤瀬が魅力的で…俺、我慢できなくて。」 み…魅力的!? 「魅力的って、お前!そんなこと言う奴、お前ぐらいだよ!」 そんな状況じゃないことは分かっているが、笑えてきた。 「そ、そうか?でも、ほんとにそう思ってるんだ…急にあんなことして、ほんとに…。」 「いい、謝るな!だって、あれは…合意だっただろ?別に悪いことはしてないはずだ。」 自分に言い聞かせるみたいに、神道にそう言った。本当に、謝ってほしいなんて思ってない。ほんの気の迷いで、後悔してるわけじゃないんだと分かって、安心したぐらいだ。 「……赤瀬。やっぱり赤瀬は良い奴だ。」 「大げさだな。」 「…なあ、改めて言うけど。」 「ん?」 「好きだよ。昨日は…ありがとう。」 「……。」 神道は、いつでもなんでも、ストレートだ。 今どき、珍しい気もする。でも、そんな言動が、自分にとって嬉しいものなんだと、気付いた。 「……。」 でも、なんて言ったら…。 「…朝飯、食べ行こうか。」 「ん!?あ、朝飯?」 「そう。お腹空かないか?朝はビュッフェだから、1階のレストランへ行こう。着替えてから。」 「あ、ああ。そうだな!腹減ったしな…。」 なんだかソワソワする。 きっと、しばらく落ち着かないだろう…。 そうやって先のことを考えていると、神道が心配そうに俺を見た。 「赤瀬?…大丈夫か?」 答えはもう分かってるはずだ。 「…ああ、大丈夫。行こう。」 自分の顔が赤くなるのを感じた。 ごまかすように、急いで服を着て部屋を出た。
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