3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「私が人の心を読めるってことは、絶対にナイショだよ?」
そう言った彼女の言葉が、僕のおでこにぶつかって跳ね返った。
もちろん彼女の言葉が大嘘なことはわかっていたが、あえて否定するまでもない。僕は苦笑いを浮かべる。
「疑ってるんでしょ?」
「まあ」
「じゃあ、証明してみせるから」
「どうやって」
「私が今気になってる先輩、サッカー部の二年生なんだけど……」
初耳だった。同学年男子の話題が上がっても、二年生以上の先輩の話は今まで出てきたことはない。
「彼には好きな人がいて、それは私ではない」
だろうね、としか答えられない。そりゃあそうだろう。会話している姿も見たことがない。それどころか接点さえ見当たらない。
彼女は帰宅部なので部活動での出会いはないし、塾の可能性はあるが、彼女の通うオンライン授業の塾で知り合いは作りづらいだろう。
「それがあるんだよ、接点」
ドキリとした。考えていることが顔に出てしまっていたのだろうか。
「小学校も中学校も一緒なの」
ああ、なるほど。それなら合点がいく。小学校のころはよく遊んでいた先輩たちも、中学校に上がると急激に距離が遠のく。疎遠になることがほとんどだった。
「だから、彼の好きな人のことを徐々に忘れさせて、私に好意をもたせてみせます。といっても半分越えるくらいまでだけど」
半分を超えるってどれくらいだよ、何の半分だよ、と思うが、特に反論はしない。
「あーそう、がんばって……ん?ってその先輩には好きな人がいるの?」
「いる」
「何でわかるんだ?」
「だーかーらー、人の心が読めるんだって」
彼女はえへんと鼻高々なご様子だ。
「あー、そうだった。ごめんごめん」
気のない返事に、彼女は頬を膨らませた。
「真面目に言ってるんだけどな」
「僕も真面目に答えてる。ちなみにだけど、どんなときに心が読めるの?目が合ったり、体に触れたりしたとき?」
彼女はニヤリと口角を上げた。
「目が合わなくてもいいし、触れなくてもわかるよ」
「……今、このときもってこと?」
彼女の言うことを信じてはいなかったが、それはそれで心がぞわぞわする。
「まあ、そうだね。でもちょっと条件がある」
「どんな」
「相手が遠くにいると読み取りづらいし、近くにいても周りに人が多いとほぼ読み取れない。雑音が多くて聞こえないっていうのかな」
つまり、今僕と一緒にいるこの瞬間は全て筒抜けということになってしまう。近くに他の人もいない。
「まあ、そういうことだね」
彼女は涼しい顔で、前を向いたまま微笑んだ。
まただ。でもこの場合、心を読んだとは言えない。彼女にそう言われれば誰もが僕と同じようなことを考えるわけで、彼女は当然予測をしていたから簡単にその返事ができたというわけだ。
僕は彼女の透き通るような横顔を見たまま何も言わなかった。横顔の線がしっかりしていたが、顎は尖っているわりに繊細だった。触れたら弾けて壊れてしまいそうなほどに美しい。
線画のようにも見えるし、油絵のような衝撃もある。
最初のコメントを投稿しよう!