Impossible n'est pas français.

10/20
48人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
 相変わらず子供のような態度のフレデリックをさらりと受け流し、ロイクはハーヴィーの腰へと腕を回す。 「君が辰巳と離れていたくないように、僕もハーヴィーと離れていたくはないんだよ。それくらい分かるだろう?」  穏やかな声で告げるロイクの言い分は、もっともである。恋人なのだから一緒に居るのだと言われてしまえば、反論などありはしない。まして今日は打ち上げで、ロイクもハーヴィーもゲストとして招かれているのだ。  だがしかし、理解は出来ても素直に受け入れられないのがフレデリックなのである。むっすりと黙り込んだフレデリックを横目に、辰巳は呆れた顔でロイクを見遣った。次いでハーヴィーを見る。 「そういや、あんたとこうして話すのは初めてだな」 「改まってというのなら、そうだな」  出会いは随分と前になるが、辰巳とハーヴィーに接点という接点はほぼ無いに等しい。一度、フランスで食事を共にした事はあるが、その時はハーヴィーが組織の幹部に昇進したばかりでプライベートな会話は殆どしていなかった。  辰巳とハーヴィーの接点といえば、フレデリックとロイクという、互いの恋人になるのだろうが、残念ながらその二人は滅法相性が悪いときている。  バチバチと遣り合う二人を横目に、辰巳はハーヴィーへとグラスを差し出した。 「あんた酒はイケるクチなのか?」 「人並み程度には」  そう言って、グラスを取り上げたハーヴィーは酒を煽った。そこそこ度数のある酒ではあるが、半分ほどを飲み干したところで表情ひとつ変えないハーヴィーに、辰巳自身もグラスを煽る。 「辰巳はフランス語も覚えたんだろう?」 「あー……、まぁ、一応な」 「あまり役に立っていないようだな」 「いや、役に立つっつぅか、話す度にマイクの奴の顔が浮んじまってなぁ」  ガシガシと頭を掻く辰巳に、ハーヴィーは僅かに眉を上げた。 「マイクに教わったのか? フレッドではなく?」 「ああ」 「それはまた苦労したな。真面目な彼の事だ、レッスンは厳しかったろう?」  くすくすと笑うハーヴィーである。 「マイクの事は、あまり知らねぇんじゃなかったのか? 前に天然かっつって驚いてたろ」 「確かに、マイクの入社は私が船を降りる一年ほど前だからな。フレッドほど関わりはない。だが顔を合わせれば挨拶くらいはする。それに、然程話した事はないが人と(なり)を見ればある程度は分かるだろう?」  ホテルマネージャーという仕事のせいか、人を見る機会の多いハーヴィーは、ほんの少し会話を交わせば相手が何を望んでいるのかを推察する事ができるという。そのうえ記憶力はフレデリックのお墨付きだ。 「私にとって、今の仕事は天職だからな」 「フランスマフィアがか?」  揶揄うように辰巳が言えば、ハーヴィーは再びくすりと笑った。 「まあ、否定はしないさ。正直、私にとってフレッドやロイの手伝いは二の次だからな」 「はあ? なのに馬鹿みてぇな収益叩き出したってのか? 勘弁しろよ」 「私は私の仕事をしているだけだが、どうやら水に合っていたらしい。まあ、場所も場所だしな」  世界中から観光客の絶えないニースという土地を拠点にしているからこそ、観光資源という旨味をフレデリックらは享受している。それはまさに、ハーヴィーにとっては運が良かったと言える。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!