Impossible n'est pas français.

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 悪びれた様子もなく応えるガブリエルを、シルバーフレームの眼鏡の奥から冷たい視線が睨んだ。 「訂正しろ」 「ねえシルヴァン。物事は、はっきり言わないと分からないよ」  明らかに挑発するような態度のガブリエルではあったが、シルヴァンとてフランスマフィアの端くれである。ガブリエルや、養父のクリストファーのように体術に優れている訳ではないが、その分頭はキレるし、肝も座っている。 「では、はっきり言ってやろう。お前は、いったい誰の恋人を愚弄してるんだ?」  普段は温厚なシルヴァンの低い声に、ガブリエルは背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じていた。レンズ越しの視線が、物理的な威力を持って突き刺さっているような錯覚に陥る。  シルヴァンの声を機に、無言で睨み合う二人に慌てたのは、もちろんウィリアムである。今日は打ち上げだと聞いていたし、せっかくの楽しい雰囲気を、これでは壊しかねない。  ――どうしよう……。どうすれば?  幸い、二人が睨み合っている事はまだ誰にも気づかれてはいないが、気付かれるのも時間の問題だろうと、そう思う。どうにかこの場を納めなければと気が急く中、ウィリアムの脳裏につい今しがたの光景が不意に浮かんだ。  ――これだっ!  クリストファーを睨むフレデリックに辰巳がしていた行為を思い出し、ウィリアムは大きな手でシルヴァンの目許を覆った。冷やりと冷たいフレームが指先に当たる。 「っ、ウィル……?」 「ごめんなさいシルヴァン。シルヴァンは、俺のために怒ってくれてるんですよね? けど、今は駄目ですよ」  ゆっくりと、シルヴァンの肩を引き寄せながらも、ウィリアムの手は目許を覆ったままだった。 「俺は大丈夫です。誰にも、文句を言われないくらい、俺が頑張りますから。だから今は、我慢してくれませんか?」  ウィリアムの意外な行動に、驚いたのはシルヴァンだけではなかった。僅かに眉を上げたガブリエルは、ウィリアムの姿に無言で立ち上がった。踵を返し、ひらりと手を振って立ち去っていく背中をウィリアムはじっと見つめた。  ――どうにか、納まったのか……? 「それで? お前はいつまでこうしているつもりだ?」 「えっ!? あっ! はい……!」  安心したのも束の間、胸元から聞こえてきた声に、ウィリアムは電光石火の速さで両手を上げた。 「ごっ、ごめんなさい。怒ってます……よね…?」 「そうだとしたら?」 「ぁぅ……ぃゃあの……謝りますから……」 「冗談だ。そう委縮するな」  ようやく和らいだシルヴァンの雰囲気に、ウィリアムは胸を撫で下ろした。だが……。 「ところで、離してしまって良かったのか?」 「ぅぅ……離したくない、です……」  おずおずと腰に回される逞しい腕に引き寄せられるまま、シルヴァンはウィリアムの胸に凭れかかった。    ◇   ◇   ◇  ロランが足を向けた先で、クリストファーは気安げに片手をあげた。ソファの背凭れではなく、僅かに躰をずらせてマイケルの肩へと背を預けるその姿は、彼が寛いでいる事を示すのに充分だ。視線でソファを示され、ロランは腰を下ろした。 「ヴァレリーの相手は、もういいのか」 「ええ。納まるべき鞘に納まったのなら、私の出番はありませんよ」
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