Impossible n'est pas français.

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 声にならない声が、合わせられた唇の合い間に零れ落ちる。穏やかな外見とは裏腹に、ロランの舌先は強引に歯列を割り開いた。くちゅりと、艶めかしい水音が脳内に響く。 「っ……、ふっ」 「相手が悪かったようだな、ガブリエル」  クリストファーがさもありなんとばかりに告げるその横で、マイケルは困ったように眉根を寄せていた。時折見せるロランの強引さは知っていたいたつもりだが、まさかガブリエルに口付けるなどとは思ってもみなかった。 「止めなくていいのか?」 「どうして止める必要がある? 言い出したのはガブリエルだろう」 「そうかもしれないが……」 「だいたい、嫌なら力尽くでどうにでもなる」  クリストファーの言う事は尤もだった。ロランよりも、ガブリエルの方が体格も優れている。ただ、慌てふためいて押し退けるには、プライドが邪魔をしているだけだ。  やがてゆっくりと離れるロランの濡れた唇を、ガブリエルは些か精彩を欠いた顔で見つめた。 「はぁ……、まさか本当に塞いでくるとはね」 「少しは凝りましたか?」 「……悪かったって」 「分かればいいんですよ。あなたの実力は認めますが、相手を考えなさい」  ぴしゃりと言われてしまえばぐうの音も出ないとはこの事で。ガブリエルは反論することも出来ずにぐったりとソファに身を沈めた。  ――普通は手で塞ぐよね。  常識という言葉がガブリエルの脳裏をめぐり、そして消えていく。  ――って、俺がそんな事を考えるのは間違い、か。  血の繋がった家族を自らの手で殺し、ガブリエルはマフィアになった。そんな自分が常識を説くなどおこがましいと、充分に理解している。 「俺、ちょっとロランのイメージ変わっちゃったなぁ」 「そうですか。私も、あなたの素は初めて見ましたよ」 「ああ、口調のこと?」  取り繕うでもなく問い返せば、細い指先が未だ濡れたままのガブリエルの唇を辿った。 「そちらの方が、あなたには似合っていますよ」 「何それ。もしかして俺、今口説かれてる?」 「私に口説かれたいのなら、もう少し大人になることですね」 「あっははっ。敵わないなぁ」  そう言って、ガブリエルはせめてもの仕返しに、口許にある細い指を一度だけ噛んだ。    ◇   ◇   ◇  メインフロアから廊下を挟んだ向かいの部屋。ヴァレリーが辰巳とフレデリックのために用意した部屋は、以前ふたりがバスティアに滞在した際と同じ部屋だった。  大きな窓に向かって置かれたソファへと、辰巳はどっかりと腰を下ろした。すぐさまもたれ掛かるフレデリックを引き寄せる。 「辰巳?」  珍しく押し退けられない事に驚くフレデリックの目の前で、辰巳の口角がニッとあがる。 「あの場で発情しなかったことは、褒めてやらねぇとな」 「それじゃあまるで僕がケダモノみたいじゃないか」 「ケダモノだろぅが」  さらりと返される言葉に、僅かばかり尖らせた唇をフレデリックは辰巳の首筋に押し付けた。口付けるだけでは飽き足りず、ガジガジと歯を立てる。 「痛ぇよ」 「久し振りに会えたっていうのに、意地悪な旦那様には抗議をしないと」 「はぁん? だったら期待通り、会場(あっち)にでも戻ってやるか?」  落ち着けたばかりの腰を再び上げようとする辰巳を、だがフレデリックはその長い脚で跨いでしまった。
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