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浮かされるように名前を呼べば、シャツへと掛かる指に期待が込み上げる。
「ほら、お前も脱がせろよ」
「ん……」
名残惜し気に口付けを解いて、マイケルはクリストファーのシャツへと手を伸ばした。ボタンを外すたびに露わになっていく肌に、無意識に喉が鳴った。
「抱きたい……クリス」
「おねだりにしては可愛くないが、まあいいか」
「っ、……バカ」
こつりと、胸元に残る傷跡へと額をつけてマイケルは短く罵った。
「そう怒るなよミシェル。気持ち良かっただろう?」
「黙れ。それ以上口を開いたら塞いでやるからな」
言いながら口許を覆う手に、クリストファーが僅かな落胆を覚えたことは言うまでもない。どうせなら唇で塞いでほしいと、そう思う。
「少しは反省しろ」
顔を赤くしながら言われたところで迫力も何もない。だが、クリストファーは素直にこくりと頷いた。
◇ ◇ ◇
マイケルとクリストファーが席を立ち、そろそろ会場に人も少なくなりはじめた。それぞれが宛がわれた部屋へと引き上げるのを横目に、ガブリエルとロランは静かにグラスを傾けていた。
これといって共通の話題がある訳ではない。だが、口を開かずともお互い空気のような感覚で、悪くない心地だとガブリエルはそう思った。
――そういえばロランとはあまり話したこともないな。
そもそも年齢が離れているというのもあるのだろうが、基本的に単独行動の多い職業なうえ、ガブリエル自身も組織内ではあまり人と行動を共にする事がない。
ちらりと横目でロランを見遣れば、相変わらず穏やかな顔で酒を飲んでいる。顔に似合わず酒豪なのだとクリストファーが言っていた。
「そんなに気になりますか?」
「まあ、意外……っていうか新鮮? あまり接点もないしね」
「そうですね。そう頻繁に呼び出されては、それこそ困りますし」
くすくすと笑うロランの職業は医師だ。確かに、頻繁に世話になりたいとは誰も思わないだろう。
「ロランってさ、あまりファミリーの人間には見えないけど、何でこんな仕事やってんの?」
「逃げるため、ですかね」
「は?」
思いもよらない答えに、ガブリエルは間の抜けた声を出した。
「何それ、どういう意味?」
「気になりますか?」
「そりゃまあ?」
ポリポリと蟀谷を掻くガブリエルにひとつ笑みを零し、ロランは立ち上がった。
「何、期待させといてそのまま帰るつもり?」
「場所を、変えましょうか。いつまでも私たちが残っていたら、片付くものも片付きませんしね」
ゆるりと会場を見回すロランの視線を、ガブリエルのそれが追った。確かに、残っているのはほんの僅かな人間で、これ以上ここに居る必要もなさそうである。
「部屋で飲み直しましょう」
「まだ飲む気?」
「付き合ってくださるのでしょう?」
ガブリエルの返事を聞こうともせず、ロランは歩き出してしまった。
――案外強引ってわけね。
ともあれ予定もなく時間は有り余っている。ガブリエルは、華奢とも呼べるロランの背中を追った。
「どうぞ、掛けていてください。今グラスを用意しましょう」
勧められるままガブリエルがソファに腰を下ろせば、すぐにグラスは差し出された。
「ワインでよろしかったですか?」
「任せるよ」
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