Impossible n'est pas français.

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 当て擦りはやめて欲しいと、肩を竦めるロイクの姿にヴァレリーが首を振る。 「相変わらず仲が良いことだ」 「どこをどう見たらそんな見解になるのかな!?」  噛みついたのは、もちろんフレデリックである。が、ヴァレリーは意に介した様子もなく手を振った。 「俺に八つ当たりするな。鬱陶しい」 「な……っ!?」  わなわなと唇を震わせるフレデリックの怒りは、だがヴァレリーではなくロイクへと向かう事となった。 「僕に気を遣っていると言うなら、髪でも染めてくればいいんだっ」  子供じみた言い草に、ロイクがおかしそうに笑う。 「うん? 僕は、嫌がらせはしていないと言ったけれど、気を遣っているとは一言も言ってないよ」 「ッ……!」 「いい加減にしておけロイ。それ以上フレッドを煽るな」  手が付けられなくなると、渋い顔で忠告するヴァレリーへとロイクは肩を竦めてみせた。 「あまりにもフレッドが可愛らしく拗ねるものだから、ついね」  朗らかに笑うロイクを憎らしげに睨み、フレデリックは歯噛みした。間にヴァレリーさえいなければ、その背中を蹴り飛ばしているところである。 「それに、髪は染めると痛むだろう? これでも一応、身嗜みには気を遣っているんだよ。まぁ、君ほどではないけれど」  さらりと嫌味を言ってのけるロイクの肩へと、ヴァレリーの腕がかかる。 「人の忠告を無視するとは、いい度胸じゃないかロイ」 「そういう君こそ、今日はやけにフレッドの肩を持つね。何か弱みでも握られてしまった?」 「お前を大人と見込んだ俺が馬鹿だったか……」  呆れたように耳元で溜息を吐かれ、ロイクは小さく笑った。 「君の言葉も、フレッドへの嫌味にしか聞こえないけれど」  くすくすと笑い声を零すロイクの耳を、ヴァレリーは肩にかけたままの手で引っ張った。 「痛い痛い」 「大人しくしていろと言ってるのがわからないのか?」  低められたヴァレリーの声に、ロイクは首を竦めて口を閉じた。と、出航を告げる汽笛が辺りに響いてロイクとヴァレリーの視線が港へとあがる。  汽笛とともに離岸する船を見るともなく眺め、ロイクは次いで腕に嵌めた時計へと視線を落とした。 「もう間もなく、見えてくる頃かな?」  独り言のように呟かれたロイクの言葉に、フレデリックは胸元からスマートフォンを取り出した。メッセージアプリを起動する。最上部に固定された“Tatsumi K.”の文字をタップすると、すぐさま開いたトーク画面には発信されたメッセージばかりがズラリと並んでいた。  ――つれない旦那様には、そろそろお説教が必要かもしれない……。  心の中で不穏なことを思いつつ、画面の上で節の高い指が踊る。簡潔な文章の後に愛らしい猫のスタンプを送信して、フレデリックはアプリを閉じた。顔を上げた視界に遠く見える船影に、フレデリックの口角は自然と弧を描く。世界でたった一人の愛する旦那様に、もうすぐ逢えると思うだけで心が躍った。  入港してくる目的の船が、他の船よりも接岸に時間が掛かっている気がしてならない。実際には全くもってそんな事はないのだが、辰巳との逢瀬を楽しみに待つフレデリックには、それはそれは長い時間に感じられたのである。 「あの船のキャプテンはどれだけ操船が下手なのかな!」
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