Impossible n'est pas français.

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 風もなく、停泊する船もけして多くはない。港が極端に狭い訳でもなければ、浅瀬が多い訳でもない。なのにどうしてこんなにも接岸に時間が掛かるのかと、フレデリックが痺れを切らせたのは、船が港に入ってから一分後の事だった。  ヴァレリーとロイクが顔を見合わせる。 「まだ港に入ったばかりだろう……」 「フレッドは、辰巳が絡むと視野が狭くなるからねぇ」  呆れたように囁き合う二人をじろりと睨み、フレデリックは大きく息を吐いた。 「辰巳に会いたい……」  衒いもなく零された一言に、ロイクとヴァレリーは互いに肩を竦めあった。掛ける言葉さえみつからない。  気落ちしていながらも、そわそわと落ち着かないフレデリックの姿はどうにも珍しく、そして滑稽だった。 「お綺麗な顔もこれでは台無しだな」  くつくつと喉を鳴らしてヴァレリーが笑う。  ニースからの船が接岸を果たし、タラップが降ろされる。 「じゃあ、僕は辰巳を迎えに行ってくるから」  言うなり踵を返したフレデリックは、次々と船を降りてくる乗客の中を躊躇いもなく逆流した。微笑みを浮かべ、さして幅もないタラップを昇っていく。下船する者にとっては明らかに邪魔だろうに、穏やかな挨拶の声に道を譲る人々は皆にこやかだ。  そうして然したる時間をかけず接岸したばかりの船へと乗り込んだフレデリックは、迷うことなく船内を進んでいった。『private』と書かれたプレートの掛かるドアを、軽やかなリズムでノックする。  返事を待たずにドアを開けた先、果たして室内には、愛しの旦那様こと辰巳一意(たつみかずおき)の姿があった。 「辰巳っ!」  名を呼びながら、百八十八センチの大柄な体躯へとダイブする。 「ッ!!」  予測は出来ていただろう。だが、あまりの勢いの良さに、たたらを踏んだ辰巳の眉間に深い皺が刻まれた事は言うまでもない。 「加減てモンを覚えろよてめぇ」    唸り声にも聞こえる低い声が告げようとも、フレデリックはお構いなしである。 「キミを前にしたら、つい、ね」  首筋に顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らすフレデリックの頭を、だが辰巳の無骨な手は優しく撫でた。 「ふふっ、やっぱりキミの腕の中は世界で一番落ち着く」 「そうかよ」  優し気な手つきとは裏腹に、素気のない声が応える。 「おら、いいからとっとと用意しろ。いつまでここに居るつもりだ?」 「出来ることならば、ずっと」  ずっとと言いながら、フレデリックは口付けをひとつ残して辰巳から離れた。然して多くない荷物をあっという間にまとめあげる。小ぶりなスーツケースをひとつ手にしたフレデリックは、辰巳を伴って船を降りた。  他の乗客はとうに船を降りたのだろう。ひと気のないタラップを下れば、ロイクとヴァレリーがふたりを出迎える。 「よう、久し振りだな辰巳」 「はッ、随分物騒な出迎えじゃねぇかよ」 「お前も充分物騒だろ」  呆れたように言われてしまえば辰巳に返す言葉はなかった。マフィアではなくとも、辰巳とて裏社会の人間である事に変わりはない。何と言い返そうかと考えていれば、ロイクが注目を集めるように手をひとつ叩いた。 「さあ、いつまでもこんなところに立っていないで、ホテルに移動しよう」 「あー…、他の連中は、もう着いてんのかよ?」 「君が最後だよ、辰巳」
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