Impossible n'est pas français.

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 港のすぐそばに停められた白いワンボックスへと、辰巳は乗り込んだ。ステアリングを握るのはヴァレリーだ。  ヴァレリーの住まうホテルは、港から目と鼻の先の距離である。ワンボックスは、すぐに目的地へと着いた。エントランスに滑り込んだワンボックスに、制服をきっちりと着込んだスタッフが駆け寄ってくる。 「おかえりなさいませ」  丁寧に腰を折る男へとキーを手渡し、ホテルの中へと入っていくヴァレリーの後を、ニースからやってきた三人は追った。  レセプションを素通りし、エレベーターへと乗り込む。垂直に上昇する箱は結構な広さではあるが、大柄な男が四人乗れば些か手狭にみえなくもない。 「そういえば辰巳」 「あん?」  不意に発せられたヴァレリーの声に、辰巳は胡乱げな視線を向ける。別段機嫌が悪い訳でもないのだが、元より愛想の良い性格をしていない。 「呼んでおいて何だが、仕事は大丈夫だったのか?」 「あー…、まあな」  仕事の都合で一足先にフランスへと戻っていたフレデリックから、辰巳の元へと連絡が入ったのは一週間ほど前の事だ。フレデリックの都合とはいえ、結構な日数をフランスで過ごしていたのはつい数か月前で、さすがに父親である匡成(まさなり)に揶揄われるかと思いはした辰巳だが、あっさりと許可は下りた。  短い遣り取りの間にも上昇を続けていた密室に、到着を告げる軽やかなベルが鳴り響く。  観音開きの扉の先に、簡易なエントランスが一行を出迎えた。以前にも数日滞在したホテルは勝手知ったるもので、フレデリックが先頭を歩く。当然、腕に絡みつかれた辰巳も必然的にそうなるのだが。  エレベーターの扉に、視線が集中する。エントランスには、辰巳にも見慣れた面々の姿があった。 「遅刻だぞ、辰巳」  ニヤリと口元を歪ませて言ったのは、何を隠そうフランスマフィアのボス、クリストファー(Christopher)だ。隣には、恋人であるマイケル(Michael)の姿がある。  一般人であるマイケルを、クリストファーが組織の絡む場所に連れてくる事は先ずないが、今回は打ち上げという事で、どうやら許しているらしい。  そもそもマイケルは、イタリア絡みの一件にも僅かではあるが関わっていた。 「日本から何時間かかっと思ってんだよ。ホイホイ呼び出しやがって」 「お前が居ないと手が付けられない男がいてな」  苦笑とともにもたらされた言葉に、辰巳は深い溜息を吐いた。左側にべったりと張りついたフレデリックをちらりと見遣れば、ばっちりと目が合った。 「やっぱり僕の隣には、キミがいないと」 「ちっとは自重ってものを覚えろよ」  呆れた顔で言おうとも、フレデリックはどこ吹く風で笑っているのだからどうしようもない。 「まさか、フレッドがこんなにも我儘だったとはな」  苦笑まじりに聞こえてきた声は、マイケルのものだ。キャプテンとして尊敬していた相手の、あまりの変わりように驚くのも無理はない。 「そう? 僕はいつだって自分に正直に生きてきたつもりだけれど」 「……まあ、確かにな」  幾分か考えるそぶりを見せて頷くマイケルに、クリストファーが苦笑を漏らす。基本的に根が真面目なマイケルは、こうしてすぐフレデリックのペースに流される。無言で肩へと置かれた手に、マイケルは小首を傾げた。
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