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「あれだけ人前で好きだなんだと騒いでおいて、今更にも程があるな」
「ぅぐ……」
ぐうの音も出ないどころか奇妙な声を上げたイヴォンを眺めていたフレデリックは、ふと思い立ったかのように顔を輝かせた。次の瞬間、フレデリックは辰巳へと勢いよく飛びついたのである。
「うおっ!?」
「僕も抱っこされたい」
反射的に受け止めはしたものの、大柄な嫁に飛びかかられてはひとたまりもない。よろめいた辰巳は、クリストファーが咄嗟に支えなければ盛大に床に尻もちをついていたところだ。
「大丈夫か?」
「悪ぃ」
「まったく手間のかかる兄貴で悪いな」
悪いなとそう口では言いながらも、クリストファーに悪びれた様子はなかった。
突然のフレデリックの奇行に、俄かに騒めく室内の中、辰巳の視線がしっかりとしがみついたままのフレデリックへと向かう。
「てめぇフレッド。体格考えろって何度言えば分かんだ、あぁん?」
「けど、キミはこうして受け止めてくれるだろう?」
嬉しそうに破顔する嫁を抱えたまま、辰巳は盛大な溜息を吐いた。もはや何を言ったところで無駄である。
と、その時。メインフロアへと続くドアが開いた。一斉に集まる視線の中、姿を現したのはハーヴィー・エドワーズである。イギリス人でありながら、フランスマフィアのメイドメンバーに名を連ねる稀有な人物であり、ロイクの恋人でもある。
注目を集める事など気にした様子もなく、エントランスを見回したハーヴィーの視線は、当然辰巳に抱えられたフレデリックの上に留まった。フレデリックは辰巳よりも長身のはずだが、その足が宙に浮いている。
「何をやってるんだお前は」
「イヴォンがヴァルに抱っこされていたから、僕もされたくて?」
フレデリックの言葉に、しばし黙り込んだハーヴィーは軽く頭を振ってみせた。
「……辰巳」
「ああ?」
「今すぐそいつを海に投げ捨ててきてもいいぞ」
大きな窓に向かって首を倒すハーヴィーに、辰巳はニッと口角を上げた。
「そうするか」
「ええっ!?」
「ッ、うるせぇんだよクソが。いい加減降りやがれ」
もはや放り投げるかのようにフレデリックを降ろし、辰巳は大きく息を吐いた。さすがに八十キロ近い体重を抱え続けるのには苦労する。
「ところでハーヴィー? キミはいつからそんなに冷たくなったのかな?」
「私に問うよりも先に、お前自身の行いを顧みてみるんだな」
身も蓋もなく言い放ち、ハーヴィーはヴァレリーの元へと歩み寄った。抱えられたイヴォンをちらりと見遣り、それから口を開く。
「会場の準備が整ったそうだ」
「そうか」
相変わらずイヴォンを抱えたままのヴァレリーは鷹揚に頷いた。
「いい加減降ろせよッ!」
「お前はフレッドと違って軽いからな。大人しくしていろ」
「な……っ」
反論などさせる気もないとばかりに言い放つ。
「さて、準備が整ったようだ。楽しい打ち上げといこうじゃないか」
集まった面子をぐるりと見まわして、ヴァレリーはメインフロアへと足を向けた。
正面の大きな窓に港を望む広いメインフロアには、ブッフェスタイルの食事がこれでもかと用意されている。もちろん、酒豪のヴァレリーが主催なだけのことはあって、酒の種類も豊富に用意されていた。
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