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その暗く湿っぽい坂道には、本棚やワゴンがズラリと並んでいた。
好きなラノベの棚を見る。その中の一冊、背表紙が目に入った。
「『女王陛下のネジ巻き職人』4巻⁈ ウソでしょ⁈」
昔、姉からぶん捕ってまで読んだシリーズ小説だ。女王リューズと、毎日彼女の時計のネジを巻く謎の職人・ステムとの、アクションありロマンスあり陰謀あり異世界ありのハイファンタジー。読んで読んで、もっと読みたくて二次創作小説も読み漁った。
シリーズは結局、出版社自体がなくなってしまい、作者も作品を発表しなくなり、二次創作も減っていった。4巻はどうなったんだと思いながら幾星霜。
あの続きが、読める…⁈
棚に伸ばした手を掴まれた。
「読んではいけない」
痩せた若い男。その手を乱暴に振り払った。
「邪魔しないで!」
「読むと帰れなくなる」
「は?」
「ここは『読メズヒラサカ』。現世で形を持たない『読み物』の集う坂」
「……は⁈」
向こうの棚の前で、黒い何かがユラユラ揺れた。
「この世に非るモノを取り込めば、キミもあんな風になる」
男は顔を伏せた。
「古典の棚を彷徨ってるモノは、先日まで源氏物語の雲隠を貪り読んでた文学者だ。僕もいつかああなる。うっかり『茶碗の中』の続きを見つけてしまって……なんとあの後」
男は最後まで話せなかった。みるみる黒く、言葉も形もなくしたモノに変わっていく。
思わず後退り、ラノベ本棚に寄りかかる。
『最強の編物で俺は魔王を倒してみせる』『夏向け冬!』『バニシング・アカデミー』…最終巻を読んだ記憶のないラノベのタイトルばかりだ。
(これ全部読めるの⁈…でも…)
ラノベの棚の隣、更に大きな棚にはエタったと思われる同人誌が延々と並び、ワゴンには山のように積まれている。ジョネジ(女王陛下とネジ巻き職人)二次創作の表紙も見えた。何度も買った作者のものもある。
「うおおおおおおおおお‼︎」
叫んで、力の限り走った。涙と未練を振り払い、坂を上る。
病院で目を覚まして、真っ先にスマホを所望した。手が上手く使えなかったので、音声入力も使いながら、とにかくテキストを打ち込んだ。
ジョネジ二次創作小説を、初めて自分で書いた。
「……そういうわけで、初めて同人誌即売会に参加して、この本を出しました」
「はあ」
「私はもっと書きます。ジョネジで参加し続けます。推して推して布教して、いつかあの同人誌の続きも、原作の4巻も、読メズヒラサカから消すのが私の夢です」
客は、一つだけ質問した。
「何故その場で読まなかったのですか」
「あそこは地獄だと思いました」
スペースの主の表情が翳った。
「傑作を読んでも、その素晴らしさや感想を語ることすら出来ないのですから」
(了)
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