桜色

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　広く薄暗い部屋の中にあったのは巨大な水槽。それは、水縹(みはなだ)色の透き通った水で満たされており、海底を思わせるような岩や珊瑚が敷き詰められていた。
　部屋の高い位置にある小さな格子窓から差し込む光が、スポットライトのようにその水槽を照らし、透き通った水槽の中に優雅に泳ぐ少女…人魚がいた。
　それは美しく、妖艶で、それでいてどこか儚げだった。

　僕は美しいものを目にした感動で、ひゅっと息をのんだ。

　人魚は、そんな僕の存在に気が付いて、急に泳ぐのをやめて僕を見た。怯えたような碧(みどり)色の澄んだ瞳が、僕を捉えて離さない。
　僕の視線は彼女の瞳に吸い込まれて、そらすことが出来なかった。
　コポコポ…と水槽の中には絶え間なく新鮮な水が循環しているようだ。そして、そのパイプからは様々な大きさの気泡が生まれ、彼女の亜麻色の髪がそれを纏(まと)いながらたゆたっている。
　彼女は、宝石のオパールのように輝く尾ひれを一定に動かして、体勢を直立させた位置にとどめている。窓から差し込む陽光を受けて、妖艶に輝く彼女の鱗は息をのむほどに美しかった。

　『誰？何者？』

　僕の心の中に直接彼女の声が届いた。

　『僕はウィル。ここの客人だ』

　心の中で返答するが、彼女からの反応はない。
　僕はゆっりと彼女の方へと近づいて、水槽へと手を伸ばした。すると、僕の動きに警戒した彼女は、体をくるりと後ろに回転させて、距離をとる。

　「恐がらないで…何もしない。僕はウィル」

　今度は声に出して言ってみる。

　『ウィル…』

　彼女が僕の名を呼んだ。