0人が本棚に入れています
本棚に追加
雪だるま
Aさんには、ジョギングをする際にいつも利用しているコースがあった。
そこは河川敷沿いに整備された遊歩道で、人通りもそれほど多くなく、民家や道路からも離れている。そのため、空気が綺麗で騒音も無い、お気に入りのコースだった。
ある日の雪が散らつく夜のこと。その場所を1人で走っていたAさんは、妙なものを見かけた。
川を挟んだ対岸の遊歩道に、大量の雪だるまがズラッと並べられていたのだ。
どこかの子供が悪ふざけで作ったのかな、とAさんは思った。しかし、それにしては些か数が多過ぎるようなーー
と、対岸の遊歩道の前方に、何やら光るものが見えた。青白い光だった。それが、ゆらゆらと揺れている。
Aさんは一瞬ぎょっとなったが、よくよく目を凝らして見ると、光の向こうに人影が見えた。
ーーーなんだ、誰かの懐中電灯の光じゃないか。
Aさんはほっと胸を撫で下ろした。
人影はどうやら親子連れらしく、前方に懐中電灯を持っている子供が1人、その後ろに背の高い大人、そしてその更に後ろにーー
そこまで見やって、Aさんはゾッとした。
後ろの誰かーーそいつは、四つん這いで歩いていたのだ。
犬の類ではない。何故ならそいつの腕と脚は蜘蛛のように細長く、そして電信柱ほどの高さがあったからだ。
『そいつら』が歩いてくる。近づくにつれ、姿がはっきり見えるようになった。
先頭を歩くのは、歌舞伎の黒子のような格好をした白装束の小柄な人間らしきもので、手には懐中電灯ではなく、青白く光る提灯を持っていた。
その後ろに続く奴は、まるで巨大なてるてる坊主のように大きな白い布で全身をすっぽりと覆い隠していた。首の部分には縄がかけられ、顔には能面のような黒いお面を付けている。
そして、その更に後ろに続くのは、蜘蛛の手足を待つ完全なバケモノ。
そいつらを見て、Aさんはようやく気がついた。
先程、Aさんが雪だるまだと思ったもの。それは、河川敷沿いにずらっと並ぶ、白装束を着た何かが平伏している姿だといことに。
ーーーコイツらは、あのバケモノを『お迎えしている』んだ。
Aさんは悟った。
と、その時、てるてる坊主の頭が、Aさんの方を向く素振りを見せた。
Aさんは人生最速の速度でその場に伏せた。そして、悲鳴を噛み殺して祈った。
バレませんように、バレませんように…
背中を、何かが軽く叩いた。
Aさんはあられもない悲鳴を上げ、ごめんなさいごめんなさいと言ってその場を転げ回った。
「どげんしたとね、アンタ」
しかし、そこにいたのはAさんが想像したようなモノではなく、心配そうに彼の顔を覗き込む通りすがりの老人の姿だった。
「はへ?」
Aさんは情けない声を出した。
立ち上がって対岸を見てみると、そこはもういつもの河川敷で、土下座する雪だるまの群れも、得体の知れない3人組の姿も無かったそうだ。
以降、Aさんはジョギングを辞めた。そして、雪の降る夜は、絶対に外を出歩かなくなったそうだ。
最初のコメントを投稿しよう!