花落 水鏡にて

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花落 水鏡にて

 描けない…描けない描けない描けない…! 己は何をしたいのか、何を求め生きているのか。それすらはっきりわからない。 「たまには外にでもでて新鮮な空気でも吸ってきたらどうだ?」 「……。」 幼少期から才能に恵まれ、絵画、音楽、文学と様々な芸術界隈で『天才』と謡われた。 あまりにも大きな期待の中で生きてきたからか、本当の「愛」とやらを知らずに生きてきたからか。己は何者だったのか忘れてしまった。 部屋には無数の楽譜が散らばっている。どれも純白と言えよう。要するにすべて命が吹き込まれていない者たちだ。 「僕が表現したいものはなんだろうか…?」 己の世話をしてくれているたった一人の「本当の友人」に尋ねた。 「そういう時はハーブティーでも飲んで何にも考えずに寝たほうがいい。」 己を「ひとりの人間」として見てくれる唯一の存在。 ずっと世話になっていてよいのだろうか。そんな考えが近日頭から離れない。 「悪いな。」 そっと渡されたティーカップに手を添える。 「さっさと飲んで寝ちまえ。」 彼のやさしさが少しばかり申し訳なくて、苦しい。 また僕はわがままを… そろそろ巣立つとしようか。 また思ってもいないことを考えている。 「本当に悪い…」 「謝ってないでさっさと休め」 自分より自分のことを理解している彼に僕は 「ひとつ思ったことがあるんだが、」 「なんだ?」 また 「少ししたら旅に出ようと思っている。」 己の正体を 「…お前らしいこと言うな。」 その答えを 「準備は手伝う。お前の心のままに旅をして来いよ。」 求めている。 「…ああ、感謝するよ。」 「じゃあおやすみ、お前体弱いんだから気を付けるんだぞ。」 ピアノの上からまた譜面がおちたようだ。 確認するまでもない。いつものことだ。 風よ、春の木漏れ日よ 旅の幕開けは予想よりも早いものとなった。
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