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「俺が願ってやる」
ゆきりは呟いた。
「俺が、お前の幸せを願ってやる。……“太田川春名は、四階から落ちて、そのまま死んだ。そのあとは罪を償うため煉獄に行き、罪を洗い流されたあとで天国で幸せになる”。妥当なところだろ。お前からすれば、この結末でも不満だろうが」
願われた悪意とはいえ、彼女がメルたちを死に追いやったのは事実。罪は、償わなければならないだろう。そして、償ったという事実がなければ他の者達も納得できないだろう。
「わ、私も……」
メルが、すっと前に出た。太田川春名は、彼女を苦しめた存在に他ならない。本当はとても恐ろしい相手であるはずなのに。
「私も、願う。貴女の幸せを……願うよ。だから……もう、休もう?」
春名は。
わなわなと体を震わせた。ふざけないで、とその唇が動く。だから。
ゆきりはメルより前に出たのだ。飛び掛かってきた春名を抱きしめるために。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああ!」
どんっ!と思い切りゆきりに殴りかかってきた少女の手を抑えて、ゆきりは彼女を抱きしめた。強く強く、もう大丈夫だと言い聞かせるために。
するとどうだろう。無傷に見えた彼女の頭から、血が流れ始めた。さながら本当に四階から“人間が”落ちたかのように。
「あ、ああああああああああああ、痛い、あああああああああああああああ痛い、痛い。痛い、あああああああああああああああああああああ!」
「人として、おやすみ」
ゆっくりと、春名の体が透けていく。
「もう二度と、お前がこの世界に来なくて済むように……俺達も、できることをするからさ」
ゆきりの腕の中で、少女は光となって消えていく。
後には、放課後の静寂だけが残ったのだった。
「……メル?」
そして、もう一つ解けた呪いが。
小さな声に視線を向ければ、校庭の方からこちらに走ってくる長身の少女の姿があった。メルが驚いたように叫ぶ。
「れ、麗華ちゃん!」
「メル!」
二人は互いに駆け寄り、抱きしめ合ったのである。太田川春名の力から解放され、ようやく再び巡り合うことができたのだと。
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