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<1・オバケ探偵がやってきた。>
ぐす、ぐすっ、くすっ。
暗闇の中、少女が泣く声が響き渡る。図書室のドアの前に立ったところそれに気づいたゆきりは、思わず“げっ”と声を上げていた。
先に説明すると、ここは小学校。
でもって、現在時刻は夜の八時ときた。外はすっかり暗くなり、残業していた先生でさえちらほらと帰り始める時間帯。こんな時間に校舎をうろついている生徒なんか、忘れ物を取りに来た人間くらいしかいないだろう。実際、正面玄関の鍵は既にしまっていて、校舎の中に入るには職員用玄関を使うしかない状況である。
そして、今ゆきりがいるのは図書室の前。ドアにはばっちり鍵がかかっていて、恐らく窓もそうだと思われる。それなのに、中から女の子の泣く声がするのだ。
とても、人間であるとは思えなかった。
――マジかよ。
めんどくせえ。そうは思っても、入らないわけにはいかない。ため息をひとつついて、ゆきりは図書室の鍵を開けた。
がちゃり、という開錠の音がやけに大きく響く。がらがらがら、とスライドドアを開けると、泣き声がますます大きくなった。
「うう、うううう、ううううう……ぐすっ、なんで、なんでぇ……」
少女の声は鬱々としていて、ところどころ恨みの感情が滲んでいる。ゆきりは嫌だなあ、と思いつつも中に踏み込んだ。
きゅ、きゅ、きゅ。上履きが地面をこする音がやけに大きく響く。空気は異様なほどひんやりしていた。今はまだ九月、むしろ外の気温は蒸し暑いほどだというのに。
怪異が発生すると、何故かその場所は温度が下がることが多い。稀に上がることもあるが、とにかく気温に異常が発生することが多いのだ。よく“やけにひんやりした風を感じた”“生ぬるい空気を感じた”なんて表現がホラー小説には出てくるが、あれはけして比喩ではないのである。なお、ゆきりは専門家ではないので、どういう原理でそうなるのかはわかっていないが。
――あそこだ。
聞こえてくる泣き声は、一番奥の本棚の裏。窓の隅のあたりから、鬱屈とした気配を感じる。
「なんで、なんでよ、うう、ううう……うううう……」
体に纏わりつく負のオーラ、妙な威圧感を振り払いながらゆきりはそちらへ足を運ぶ。
対象を発見するのは、難しいことではなかった。なんせ鼻孔をつん、と血の臭いが突き刺したのだから。
――うわ……。
暗闇の中、彼女の姿だけがぼんやり浮かび上がっていた。
ぽた、ぽた、ぽた。
体育座りをしている彼女の周囲に、彼女が体を動かすたびに赤い雫が散っている。彼女の左腕と左足は少々おかしな方向にねじ曲がっていた。だが、それよりも。
異様なのは――その頭。左側頭部がべっこりと陥没している。人間ならば到底生きていられるとは思えないほどに。そこからだらだらと、滝のように血を流しているのだ。
「おい」
意を決して、ゆきりは声をかけた。
「お前、誰だ?」
まずは名を訊かなければいけない。なんせ、自分は彼女が誰なのかもさっぱりわからないのだから。
「えっ……!?」
彼女はゆきりが近づいてきたことにも気づいていなかったらしい。びくり、と肩を震わせて――そしてそろそろと顔を上げた。幸いにして、目は鼻、口といったパーツは欠損していないようだ。頭はへこんでいるしよく見ると首もちょっとねじれてるが、比較的に綺麗に残った顔がこちらを見る。
サイドテールの髪が、ふるり、と震えた。
「だ、誰って……あなたこそ、誰?私が見えるの?……私が怖くないの?」
幽霊を見ることができる人間は、そう多いものではない。ましてや、幽霊を見てもまったく怖がらない人間は尚更に。だからこその質問だろう。
そしてその質問をするということは、彼女は気づいてないということらしい。
「怖くねえよ」
なんといっても自分は。
「だって、俺も幽霊だし」
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