2.前例

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2.前例

「はあ?!」  最初に頓狂な声を上げたのは、この場に集った全員の予想通り冬であった。冬は皆の注目を集めながら、どん、と力任せにテーブルに手を突いて立ち上がった。 「ちょ、待てよ! 消えろって? なんでそんなこと言われねえといけねえの? 俺たちが神様連中になんか迷惑かけたってか? ああん?」 「冬……興奮するのもわかるが、そんな言い方はいけない。神は我々をお作りになった存在、いわば親なのだから」 「春じじい! てめえは腹たたねえのか! てめえだってぼーっと頭に花咲かせてるばっかりじゃねえだろうが! 春はすべての始まりとかなんとか言われる、いわゆる級長ポジションだろう! ぼけーっと鼻ほじってばっかりじゃなく、全員の背中をぐいぐい押す役割をあんたは立派に果たして来たじゃねえか! 消されるなんて言われて黙ってるのかよ!」 「あ、うん、あ、そうだな」  いつも、陽気に身を任せて寝てばかりの能無しじじいだの、てめえなんていてもいなくてもおんなじだの、失礼極まりない言葉を投げつけてくる冬が、まさか自分のことをそんな風に思っていてくれるなんて思いもよらなかった。春は神からの無情過ぎる相談よりも、冬からの言葉のほうに驚きを隠せず、ますます髭をしごいた。 「私も納得いきません。神、なぜ私たちのうちのひとりが消えないといけないのです?」  ほっこりしてる場合じゃなくてよ、と目の前の春を睨み、秋が神に矛先を向けると、全員の視線が再び神に集まる。神はこほんと咳払いをし、手にしたバインダーを広げた。 「正直申し上げまして、私も今回の決定は理不尽だとは思っているのです。だって、『日本ばっかり四季がくっきりしていて季節それぞれに愉しみがあってずるい! 乾季と雨季しかないうちは損してる』だとか『こちとら一年中暑いばっかりじゃ! なんでうちばっかりこんな思いをしなきゃならんのだ! 不公平だ!』『それでいったら氷に一年中閉ざされてるこっちのほうがよっぽど気分下がるわ!』とか言い出す神々がおりまして」 「お待ちなさいな。四季があるのは別に日本だけじゃなくてよ。ニュージーランドとか、あの辺りもそうです。なぜ日本だけ?」 「私も秋に同感。なんでこの辺りだけ消されなければならないの? それこそ不公平よ」  秋と夏がそろって神を睨むと、春と冬も神へ鋭い視線を向ける。神はほとほと参ったという顔で首を振った。 「日本はね、前例があるんですよ。季節をひとつ消した前例が。で、その前例があるからこそ、今回もひとりくらい消したとしてもうまいこと調整ができるだろうと。ようはまあ……神である私の手腕がね、認められちゃったってわけなんですけど」 「こいつ、さらっと自慢しやがった」 「しかし、原因は確実に自分にあると白状もしておるがの」 「確かに。意外と神浅はかですわね」 「ちょっとお待ちなさいな!」  冬、春、秋が神へ侮蔑の眼差しを向ける中、夏が大声で皆の注意を引き戻した。 「今、とんでもないことを神は口走ってたわよ! あんたたち、気にならないの?」 「何か言ってたっけ?」 「はて……」 「はてじゃないでしょ! お花畑じじい!」  ああ、わしは冬にも夏にもディスられる……。どうしてわしを挟むやつらはこうも気が強く、わしに冷たいのかのう、と春が内心しくしくしている前で、秋は眉間にしわを寄せていたが、はっとして神を見た。 「季節を消した前例があるって……どういうことです? 季節は春、夏、秋、冬の四つですよね? それ以外、私は知りません。ご存知な方、いて?」
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