願い

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願い

目の前に悪魔が現れた時、 私は迂闊(うかつ)にもぼんやりとしていた。 いけない、いけない。 魔術師として、あってはならないことだ。 召喚儀式は術者の精神にも影響を及ぼし、 意識を(とお)のかせることがある。 これは、相手によっては命取りにもなる。 悪魔の召喚は、極めて危険な行為なのだ。 そいつは(はかな)げな印象のある、 愛らしい少女の姿をとっていた。 『私の名前はビフロンズ……ああ、 ご存知ですのね? 嬉しいわ』 10f27c93-4d5f-4776-89f6-5cfdb901ffe7 私は心の中にある、願いの言葉を口にした。 有力魔術師の娘との政略結婚のために、 離別させられてしまった恋人との復縁だ。 許嫁(いいなずけ)もまた私を許し、儀式を手伝ってさえくれた。 f75cb8db-3603-4d02-82fe-8a3a7a3a4fea すると悪魔も、喜んだ。 『本当にそのかたと、お会いになりたい?  良かった、彼女もそれをお望みですよ!』 願ってもない展開だ。 私はすぐに希望を(かな)えるよう命じたが、 返ってきたのは意外な言葉だった。 『ご免なさい、初めに申し上げませんでしたね。  実は呼ばれたのは、貴方のほうなんです』 afe803c1-f78d-4b8b-9d0a-737ff3198a06 そのとき(ようや)く私の脳裏(のうり)に、 召喚失敗の恐ろしい記憶が(よみが)えってきた。 愛を取り持つ枝角(えだつの)の魔王フュルフュールを呼ぶはずが、 現れたのは(たけ)り狂う(けだもの)のようなベレスだったのだ。 46905700-9d3e-4a73-8c3e-07b446a69150 悪魔に関する知識もやっと、はっきり思い出せてきた。 ベレスは愛情を仲介するが、召喚者を襲うことがある。 そしてこのビフロンズは、 死者の霊を呼び出す悪魔だったということも……。 結局私は、現世での復縁には失敗したようだ。 悪魔召喚は、極めて危険な行為なのだ。 いや、何よりも危険なのは悪魔の力さえ使おうとする、 私達人間自身の(さが)だったのか? そう思いながらも愛しい人と再会するため、 私は素直に、差し出された悪魔の手をとった。 976e88c6-e3ed-4204-9186-b27271b0417f フュルフュール: ソロモン王が使役した、72大悪魔の中の一柱(ひとはしら)。 秘密や神聖な物事に関する質問に答え、 男女の愛を引き起こし、雷や嵐を呼び寄せる。 ベレス: 同じく72大悪魔の中の一柱(ひとはしら)。 男女を問わず愛情関係を取り持つが、 召喚時の危険が高く、特に注意を要する。 ビフロンズ: 同72大悪魔の中の一柱(ひとはしら)。 占星術、幾何学、鉱物学、薬草学に詳しく、 降霊術や死びと遣い(ネクロマンシー)の能力がある。
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