2人が本棚に入れています
本棚に追加
願い
目の前に悪魔が現れた時、
私は迂闊にもぼんやりとしていた。
いけない、いけない。
魔術師として、あってはならないことだ。
召喚儀式は術者の精神にも影響を及ぼし、
意識を遠のかせることがある。
これは、相手によっては命取りにもなる。
悪魔の召喚は、極めて危険な行為なのだ。
そいつは儚げな印象のある、
愛らしい少女の姿をとっていた。
『私の名前はビフロンズ……ああ、
ご存知ですのね? 嬉しいわ』
私は心の中にある、願いの言葉を口にした。
有力魔術師の娘との政略結婚のために、
離別させられてしまった恋人との復縁だ。
許嫁もまた私を許し、儀式を手伝ってさえくれた。
すると悪魔も、喜んだ。
『本当にそのかたと、お会いになりたい?
良かった、彼女もそれをお望みですよ!』
願ってもない展開だ。
私はすぐに希望を叶えるよう命じたが、
返ってきたのは意外な言葉だった。
『ご免なさい、初めに申し上げませんでしたね。
実は呼ばれたのは、貴方のほうなんです』
そのとき漸く私の脳裏に、
召喚失敗の恐ろしい記憶が蘇えってきた。
愛を取り持つ枝角の魔王フュルフュールを呼ぶはずが、
現れたのは猛り狂う獣のようなベレスだったのだ。
悪魔に関する知識もやっと、はっきり思い出せてきた。
ベレスは愛情を仲介するが、召喚者を襲うことがある。
そしてこのビフロンズは、
死者の霊を呼び出す悪魔だったということも……。
結局私は、現世での復縁には失敗したようだ。
悪魔召喚は、極めて危険な行為なのだ。
いや、何よりも危険なのは悪魔の力さえ使おうとする、
私達人間自身の性だったのか?
そう思いながらも愛しい人と再会するため、
私は素直に、差し出された悪魔の手をとった。
フュルフュール:
ソロモン王が使役した、72大悪魔の中の一柱。
秘密や神聖な物事に関する質問に答え、
男女の愛を引き起こし、雷や嵐を呼び寄せる。
ベレス:
同じく72大悪魔の中の一柱。
男女を問わず愛情関係を取り持つが、
召喚時の危険が高く、特に注意を要する。
ビフロンズ:
同72大悪魔の中の一柱。
占星術、幾何学、鉱物学、薬草学に詳しく、
降霊術や死びと遣いの能力がある。
最初のコメントを投稿しよう!