お食い初め

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 赤子が生まれたら百日後にお食い初めをしなければいけない。ただし食べるものは決まっていて、絶対に食べさせること。絶対に。  その言葉に光代は言いようのない不安に駆られた。もちろん自分の生まれ育った地域にもその風習はあるので知っている。子供が産まれてから姑や周囲の者たちに、ぞっとするほど真剣な顔で何度もそう忠告されてきた。お食い初めまで五日を切った今、周囲の者は口をそろえて同じこと言う。絶対にやるんだよ、と。  遠縁を訪ねる為数日家を空けていた夫の勝馬が戻ってきた。異様な雰囲気だったそのことを話そうとする前に、勝馬が先にこういった。 「今日からお食い初めの準備をするぞ」 「え、ええ。そんなに大変な準備なの?」 「段取り、食材の調達、周囲への触れ。たくさんある」  夫もいつになく真剣な顔だ。そして散々いろいろな人たちから忠告をされたことを話すと彼は真面目な顔でこう言った。 「言い伝えがあるんだ。この辺には餓鬼がいるという古い言い伝え」 「餓鬼?」  何でも食べてしまう鬼だったか。どうしてこの地にその言い伝えがあるのかはわかっていない。しかし餓鬼はいつも食べ物を狙っている。そしてお食い初めの食べ物を特に好み、赤ん坊が生まれると周囲に紛れてその日を今か今かと待っているらしい。 「だから餓鬼に食べられてしまわないように、お食い初めの儀式は父と母である俺たちはもちろん。親族や村の者たち一丸となってその儀式を見守る。お互いがお互いを監視していれば餓鬼は食べ物を狙えないからね。大広間にみんなで集まって、全員で見守る中で料理を作るところからだ」  戸惑ってしまったが、とりあえず状況は飲み込めた。別にやるのが嫌なわけではないし、他所から嫁いできた身なのでそれをやればより一層みんなと打ち解けられるのではないかという淡い期待があった。  家柄が良かったと言うだけで結納が決まったが、会ってみれば夫となる勝馬はとても素敵な男性だった。一目で恋に落ち順風満帆に結納、すぐに身籠った。  しかも産まれたのは男の子、厳しかった姑もこの時ばかりは手をとって涙を流して喜んでくれた。後継だ、本当にありがとうと頭を下げられて嬉しかった。 「何か気をつけなければいけない事は?」  こういうのは何かうっかり、あるいはやってはいけないことをやって失敗するのがよくある話だ。昔話などでも失敗する理由はいつも人のちょっとした不注意と欲。
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