四十回目の初雪

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四十回目の初雪

雪雪(ゆきせ)見ろ! 初雪だ!」  床に伏している老婆はそう言われてゆるゆると目を開けた。枕の上で首を傾け窓の外に見やる。その視線の先、老婆が外をよく見えるように侍女が御簾を上げている。  雪はしんしんと降り、辺りは静寂に包まれている。  ただ時々、部屋を温めるために焚かれている火鉢の中で、炭が爆ぜる音だけがしていた。 「雪雪。憶えておるか? 其方が我の前に現れたのも、初雪の日だったな」 「……そうでしたかねぇ。怜常丸(ときつねまる)様」 「ああ、そうだ。我はあの日の事を昨日のようによく憶えておる」  老婆の枕元に座った中年の侍は、そう言って愛おしそうに老婆……雪雪の手を握った。  雪雪が怜常丸の領池ー藻波大湖領(もなみたいこりょう)ーに来てから、四十年経とうとしていた。  藻波はこの蘆野國の中央に位置する龍玉湖から唯一海に流れ出る『龍河』の河口にある。蘆野國の中でこの領だけが海に面し、外海に開けた港を持っていた。  怜常丸の一族は代々その領池を守ってきた大名だった。
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