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尚書
「尚書として武家に仕える?」
「そうよ! 雪雪! 今侍の中で貴族の女を尚書として雇うのが流行っているそうなの! 私達一応宮家の姫でしょう? うまく動けば、湖領を治める有力な武家に就職先が見つかるかも!」
従妹の水水の瞳は輝いているが、雪雪はちょっとだけ疑問に思った。いかにも都合の良すぎる話のように感じたからだ。
「その話の裏は?」
そう聞き返すと、水水はぺろっと舌を出してみせた。
「本当に尚書の仕事を任せられるかはわからない。要は尚書って名を借りた武家の棟梁の体のいい愛人らしいのね」
そう聞いて、雪雪は少し考えた。
「でもさ! 私達みたいに宮の末の末の……末端の宮家の姫としたら、武家でも有力な家に入れる機会を逃すわけにはいかないじゃない?
今は貴族より、武家が力を持つ時代でしょう? 愛人と言っても尚書という役職は持てる。名前だけの職でもただの愛人より家の中の地位だって望める。いい話じゃない?」
「そうねぇ……」
確かにいい話かもしれなかった。雪雪の家・柊宮は皇位継承権を持つ女系だが、皇室から分家したのは五代も前。更に言うなら初代の当主の父親や夫の朝廷内地位も低かった。
つまり、名ばかりの宮家なのだ。
「考えてみる価値はあるかな?」
「そうよ! 十分ある! それに、尚書となる女を探している武家ももう見つけてあるの!!」
それからしばらくの間、雪雪は水水の話を考えてみた。
膳の上に麦飯と一つの菜しかない食事を眺めながら。あるいは、草がぼうぼうと生えている狭い庭を歯抜けになった御簾越しに眺めながら。
……うちは荘園も持たず、宮廷から下賜されるわずかな手当てだけを頼って生活している。
もし、武家の愛人になっても、名目上でも手当がもらえるほどの立場を得られれば? 少なくとも今よりいい生活ができる!
その機会には……乗るべきだ。
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