身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

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4人を乗せた車は、何事も無かったかのように夜の高速道路を北へ向かって走っていた。 車内は誰一人、口を開くものはいない。 普段、良くしゃべる里奈でさえ黙っている。 お互いの動向を探っているようだった。 そんな中、阿久津が口火を切った。 「俺さ、仕事柄、人の顔と名前を覚えないといけないんだけどさ」 阿久津は営業部のエースだから、他の人に比べて、沢山の人と会って仕事の話をしたり、接待をしたりしている。相手先の方に失礼があってはいけないという責任感の強さがある。 「記憶力を鍛えるために、記憶力テストをやっているんだよ」 記憶力テスト? 僕は人の名前や肩書を覚えていなくても大丈夫だからいいけど、営業って大変な部署だな。 「それで、暇つぶしにやってみようか」 一呼吸置き、ちょっと考える仕草をしてから、 「昨日の夕飯は何を食べたか?」 各々、自分のことを思い出すので精いっぱいになる。 「では、里奈から答えて」 「うん。えーとね、昨日は明日から旅行だと思って、洗い物を出さないようにしたかったから外食にしたんだ。慶ちゃんと一緒にパスタを食べに行ったんだよね。で、私はカルボナーラを食べた」 「俺は和風たらこパスタ」 僕も旅行前は外食で済ませちゃうな。昨日もそうだった。 「僕は駅前の来々軒でラーメンを食べた」 「松本って来々軒でラーメン食べる時って、トッピング無料のニンニクをたっぷり入れてたよなあ」 沼田が言う。 沼田とは仕事帰りが一緒になった時に、来々軒でラーメンを食べて帰る事がよくある。 二人とも独身の一人暮らしで、彼女もいないから夕飯を外食で済ませてしまう方が楽だったりする。その時に僕が、ラーメンにニンニクを沢山入れているのを見ていて覚えていたんだな。 「俺は駅の反対側のカレー屋でカツカレー大盛り食った」
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