雪の思い出

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   昔、昔、北の最果てに小さな村がありました。その村の冬は長く、厳しいものでした。  だから冬になると食料を求め、若い男たちは山へ行き、狩りに出かけます。そのほうが男たちも稼げますし、村も助かるからです。  しかし、冬の山は危険が付き物です。雪も深く、天候も荒れます。毎年、狩りに行ったきり、山から戻ってこない者が出るほどです。そんなこともあり、村では、『あの山には雪女がいて、捕まると帰れなくなる』っという噂が広まっていました。  そんなある冬の日、村の若者二人が狩りをするために雪山に入りました。  狩りには、一人で行くより複数人で行くほうが、安全だという利点があります。しかし、あまり多い人数で組むと分け前も減るので、二人から五人くらいで組むのが一般的でした。    若者二人は雪山に入ると、その日はとてつもなく天候が荒れました。猛吹雪で周り一面が雪で真っ白になり、視界は遮られるし、強風で前に進むことが厳しい状態でした。  若者二人は、命からがら山小屋にたどり着きました。山小屋の扉を開くと、中には一人の女性がすでにいました。その女性は白い着物一枚しか着ていなく、肌は透けるほど白く、一目見ただけで雪女だと分かりました。  若者二人は驚き、体が動きません。  逃げようにも、外の天気は猛吹雪で命を落としてしまいます。かと言って、部屋の中には雪女。こちらも命の保証はありません。若者二人は絶体絶命。動くことができないのです。  「さあ、遠慮なさらず、中にお入りなさい」と雪女は若者二人に声を掛けました。    若者二人はお互いに顔を見合わせます。どっちを選ぼうが命の保証はない。二人はアイコンタクトで語ります。そして覚悟を決めて、若者二人は山小屋の中に入っていきました。  部屋に入って来た若者二人に雪女は言いました。  「私は暑さに弱いので、暖炉に火をくべないでいただきたい。お願いできますか?」  若者二人は無言で頷きました。  若者二人は雪女を警戒し緊張してましたが、雪女はいたって普通な様子でした。若者を襲う仕草も見せず、それどころか若者に向けて世間話を始めるほどでした。  「村から来たのですか?」。「狩りの収穫はどうでした?」。「外の天気は荒れてますね」。雪女は、若者二人に気を使って、話しかけていました。「雪女の私でも、この猛吹雪では遭難しちゃいますよ」と自虐を言ったり、しまいには「今日、外に出るとき父親から『これから天気が荒れるのに、お前、どこ()きよんな?」なんて言われまして。雪女だけに。ハハハハハ」とギャグまで言う始末。  若者二人の緊張は(ほぐ)れませんでしたが、安心はしました。雪女は噂ほど恐ろしいものではない。きっと危害は加えないだろうと感じられました。  しかし、できれば早くこの場を去りたいと、若者二人は思っていました。早く天気が回復するように願っていました。  だが、天気の回復は日が沈んでしばらくしてからでした。辺りは暗く、外を歩くのは困難な状況になっていました。仕方なく、若者二人は山小屋で一夜を明かすことにしました。もちろん、雪女も一緒です。  山小屋には大部屋が一室あるだけ。男二人と雪女は部屋の対角に位置した場所で寝ることにしました。  しかし夜になると気温はさらに下がりました。一人の男は寒がり、山小屋に常備されていた、狩猟で獲った動物の毛皮を羽織ることにしました。  雪女はもう一人の男に訊きます。「あなたは寒くないのですか?」っと。  もう一人の男は、「私は寒さには、めっぽう強いので平気です」と言いました。  夜は何事もなく過ぎていくはずでしたが、事件は夜明け前に起きました。  夜明け前は一番地表が冷えるのに加え、体温も低下する。寒さのあまり一人の男が目を覚まし、我慢しきれず、暖炉に火を入れたのです。  寒さに強い男も、変な気配を感じ目を覚ましました。暖炉の火に当たっている、もう一人を目撃し、驚きました。  「おい、何してる?暖炉に火をくべないのは、雪女との約束だろ。早く消せ」と、寒さに強い男は言いました。  「まだ、雪女は寝ている。火には気が付いてない。もう少しだけ火に当たらせてくれ」    幸い、暖炉の近くで若者二人が寝ていて、その対角線上の遠い所で雪女は寝ていました。だから雪女は、まだ気が付いて無いようでした。  「あー、生き返る」  一人の男は手を火にかざしながら言いました。  「約束を破ったな」。いつの間にか、雪女がすぐ後ろに立っていた。「私は約束破る奴が許せないんだ」  雪女は、そう言うと、暖炉の火に当たっていた男に白い息を吹きかけた。白い息は、空気中の水分をも凍らせながら、男も火も一緒に氷漬けにした。  その雪女の息に巻き込まれたのが、もう一人の寒さに強い男。火を点けた男の隣にいたので、雪女の息を左腕に浴びてしまった。さすがに寒さに強い男でも、凍らされたら我慢が出来ない。  「今日のことは決して誰にも言ってはならぬ。分かったか?」と雪女はもう一人の男に忠告した。  寒さに強い男は頷いた。    寒さに強い男は、凍らされた左腕の感覚が無くなっていった。そして、その左腕から次第に全身まで冷え、徐々に意識は遠のき、目を閉じ眠ってしまった。  次の日、寒さに強い男は目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのか分からずにいましたが、すぐに昨日のことを思い出しました。男は部屋の中を見渡し、暖炉の前で、氷漬けのままの相棒を発見しました。そして、雪女の姿は見えませんでした。男は、雪女がいないことに安心しましたが、奇妙な違和感を気が付きました。自分の起きた場所が、窓際に移動していました。  今日は昨日と違い、天気は晴天。窓からは温かい日差しが入っています。その日差しが、男の左腕の氷を溶かしたのです。  男は左手を動かそうとしましたが、上手く手を握ることができませんでした。氷は解けましたが、手の感覚は失ってしまいました。  男は、相棒の遺体を山小屋の近くに埋葬しました。そして下山し村に帰りました。  男は雪女と会ったことは秘密にしました。相棒が亡くなったのは、遭難して亡くなったことにしました。自分も左腕を凍傷して、命からがら戻って来れたことにしたのです。  それから月日が経ちました。  男の左手は後遺症が残り、上手く動きませんでした。仕事も狩りも昔のようには出来なくなり、稼ぎも少なく慎ましく生活をしていました。  ある日のこと。その日は雨が降っており、男の家の軒下(のきした)で美しい女が雨宿りをしていました。  男はそれに気づいて、その女を家に入れてやりました。  女が言うには、身内もいなく、行く当てもない、そうなのです。  心配になった男は、その女をしばらく家に住まわすことに決めました。男は女に名前を訊くと、その女は「おゆき」と名乗りました。  女は変わっていて、家事は掃除と洗濯以外は、からっきしでしたが、畑仕事や狩りを得意としていました。それに、「布団が吹っ飛んだ」とか、「猫が寝転んだ」とか、よくギャグを言う女でした。  男とおゆきは次第に仲良くなり、二人は結婚することになりました。  左手に障害がある男は家事をし、おゆきは仕事をして、貧しいながらも二人は仲睦まじく暮らしていました。  結婚して数年が経ったある冬の日。  その日は、北の最果ての村でも稀に見る大荒れの天気でした。朝から大雪が降っており、風も強く、視界を遮るほどでした。  男の家は貧しいのもあり、普段の冬は暖炉に火を入れず、薪をケチっていました。それでも男は平気でした。寒さに強い男でした。そして、おゆきも同じように寒さに強い女でした。  しかし、この日ばかりは男も、「暖炉に人入れようか?」と、おゆきに提案します。でも、おゆきは、「大丈夫です。暖炉は必要ありません」と答えました。  男は、あの日のことを思い出しました。猛吹雪の日、山小屋で雪女に会ったことを。あのときも、暖炉に火を点けずにいたなぁ~っと。  男は、うっかり、そのときのことをおゆきに話してしまいました。  その話を聞いたおゆきは、小刻み震えだしました。  男は言います。「怖かったかい?」  おゆきは答えます。「いいえ」  男は訊きます。「じゃあ、寒いのかい?」  おゆきは答える。「いいえ」  男は訊ねます。「じゃあ、なんで震えてるんだい?」  おゆきは言いました。「それは、怒っているからです」。おゆきはそう言うと、雪女の姿に変わりました。  男は驚きました。そして恐怖のあまり、腰を抜かしてしまいました。「あのときの、あのときの、雪女」と絶叫しました。    「他言しないという約束を破ったな。私は約束を破る奴が許せないんだ」と雪女は言いました。そして雪女は、男に向かって白い息を吐きかけました。  雪女の息を浴びた男は、足先から徐々に徐々に凍りだしました。  「待ってくれ。助けてくれ」と男は許しを()いました  「約束を破ったあなたが悪い」と雪女は耳を貸しません。  「寒さに強いあなたを愛していたのに」と雪女は言いました。  「もう私のことを嫌いになったのか」?と男は訊きます。  男の下半身は凍っていきます。  「いいえ。まだ愛してるわ」と雪女は言います。  「愛してくれてるなら許してくれてもいいだろ?」と男は訴えます。  男の首から下は凍ってしまいました。    「愛しているから、許せないことがあるのよ。私だって悲しいわ」と雪女は悲し涙を流しました。  「私もお前を愛しているのに・・・・・。お前と結婚できて幸せだったのに」と男は言います。  男はもう口しか動かせませんでした。あとは全部凍ってしまいました。    「私も幸せだった。あなたみたいに寒さに強い人と結婚できて良かったわ。そして、これからも私は、あなたのことを想って生きて行くわ。これからもあなたを愛す。アイスだけに。なんちゃって」  「お、お、お前のギャグは・・・さ、さ、寒い・・・ぞ」  男は力を振り絞って最後のひと言を言い、全身が凍ってしまいました。  そして雪女は、山へと帰って行き、二度と人里には降りて来ませんでした。    
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