(上)事実

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 「どうです、風神さん。謎は解けましたか?」  文章を最後まで読み切ったことを確認してから、僕はそう言って挑戦的な視線を彼に向けた。  一方、風神さんは原稿用紙から顔を上げて、そこで悩む様子を一切見せていない。  「まあ、だいたい分かったよ」  「え、まじですか?」  「ああ。すべての情報を論理的に組み合わせて行けば、このトリックは見事に氷解する。ただ、なんだこのエセ探偵は。まさか、実在しないよな?」  「いえ、しますよ。残念ながら」  「それはまことに残念だな。世も末だよ。しかし、君はみんなに対して略称を付けているのに、彼だけが呼び捨てにされているのが何とも面白いな」  「だって、敬うほどの人じゃないじゃないですか」  「ごもっともだ」  そう言いながら風神さんはボロボロの椅子から立ち上がる。そして髪を後ろの方向に撫でた。  「それで、どのような推理なんです?」  「そりゃあ、まだ言えないよ。このエセ探偵の推理を拝読してからにするよ。それで一応訊いておくが、このゲラルドゥス翁の推理は間違っていたんだね?」  「ええ、間違っていました」  「ははっ!」風神さんは、笑い声を上げる。「よし、じゃあこのエセ解決編を見る前に、少しだけヒントを上げよう」  「ヒント?」  「ああ」  風神さんは、頷いたかと思うと、書物の山から魔法のようにホワイトボードを引っ張り出し、マジックペンで何かを書き始める。  「何をしているんですか?」  「整理しているんだ。ほら、字にまとめておいた方が分かりやすいだろう?」  「ええ、そうですね」  彼はにやりと口角を上げると、ホワイトボードに向き直った。  「まず、北条美沙都は犯人ではない。これは当然のことだが、一応書いておく。君が作中で指摘していることはごもっともだが、ボクは彼女の服装を知った時点で彼女は犯人ではない、と思ったよ。何せ、彼女が着ていたのはワンピースだ。こんな服装で自転車など漕げるはずがない。これで、彼女が犯人の可能性は完全になくなった。彼女はただ自転車を修理するだけのために駐輪場に来たんだ」  そう言うと、風神さんは割と汚い字でホワイトボードに『ほーじょー×』と書き込んだ。整理するとは言っていたが、これではなんのこっちゃ分からない。  「なるほど」  北条さんの服装は覚えていたものの、それは盲点だった。  風神さんは続ける。  「次に指摘しておきたいのは、島本伊知郎が潔癖症だということだ」  「潔癖症? ああ、確かに」  ゲラが島本さんの読んでいる本に触れようとしたとき、咄嗟に躱していたのを思い出す。  「根拠となるのは、ゲラルドゥスなる男が彼の本に触れようとしたときの反応だ」  「でも、それだけでは彼が潔癖症だとは限らないのでは?」  「他にもあるぞ。君は気づいていないかもしれないが、彼は君が救急車を呼ぼうとしているとき、携帯は持っていないと言っていたな。しかしどうだ。病院に搬送された彼は、何事もなかったかのようにスマホをいじっていたではないか!」  「あ!」  「分かるだろう? 彼は他人に物を触られたくないんだ。いわゆる潔癖症なんだよ」  「そういうことでしたか」  つまり、風神さんのような家など、とうてい上がり込めないわけだ。いらぬことを想像し、僕は思わず微笑んだ。  「以上が、ヒントだ」  「え、ヒント? 彼の潔癖症が、何と関係しているんですか?」  「まあまあ、後で分かるさ。さあ、続きを読もうではないか。面白くなってきたぞ!」  真相はもう分かったという風神さん。まるで考える時間も設けなかったのに、どのタイミングでトリックが分かったのか。  僕は彼の頭の中がどうなっているのか、知りたかった。
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