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風神さんの拍手が、部屋の中に響き渡った。
「読み終わりましたか」
「実に見事な推理だった。しかし、こんな推理などボクも真っ先に思いついていたよ」
こんな珍奇な推理を、彼は真っ先に思いついていたのか。
それが事実なのか、それとも単なる強がりなのかは知る由もないが、とにかくもう一つのトリックを思いついている時点で、彼がゲラの推理力をはるかに凌駕していることは確かだ。
「じゃあ、ぜひ教えてください、風神さんの推理を」
「ああ、もういいだろう」風神さんは莞爾たる笑顔で了承した。「では、まず二人のいる病室に案内してくれ」
「はあ‥‥‥」
もしかしたら、ということも考えて、実は作中に登場する二人の名前は仮名にしておいた。
まず、若者の方の本名が川本次郎という平々凡々な名前で、老女が天王寺和子という何とも大仰な名前である。
病院に訪れた風神さんが真っ先に入ったのは、川本の病室であった。
「こ、今度はなんですか」
「君がしま、川本次郎くんか」
「あ、はい、そうですけど。誰ですか?」
川本さんは状況が読めない様子で、しかしなおも漫画本を読んでいる様子である。
「君、潔癖症だね」
「ええと‥‥‥はい」
「君は、おばあさんを轢いてないね?」
風神さんがそう訊くと、彼は一気に顔色を変えた。痛いところを突かれたような、そんな顔である。しかし、彼は犯人ではないはずだ。なぜ、そんな表情をするのだろうか。
「ひ、轢いてないですよ! なんですか、急に」
「‥‥‥嘘はやがて、取り返しのつかなくなることを注意しておいた方がいい」
「え?」
「え?」
僕と川本さんが同時に言う。しかしそのときにはすでに、当の風神さんは姿を消していた。さっさと病室から出て行ったようである。
「風神さん、どういうことですか?」
「時期にわかるさ。それで、天王寺さんの病室は?」
「あ、あそこですけど‥‥‥って、あ!」
僕が風神さんを指図しているとき、見覚えのある顔がこちらに向かってきた。
「やあ、勝吉くんじゃないか。ところで、君の隣にいるのは‥‥‥」
「貴様がゲラルドゥスくんだね?」
歩く度になびく金髪。そして、ファッションセンスが皆無な出で立ち。彼こそが、作中に登場した、あのゲラルドゥス翁である。
「き、貴様⁉ で、誰なんだい、君は?」
「ちょっと待ってください」すかさず僕が割って入る。「なんでゲラさんがここに?」
「それは、あれだよ。この事件の犯人である川本くんにボクの華麗なる推理を披露しようと思っていたのだよ。せっかくだから、勝吉くんも立ち会わないかい? きっと君にとっても忘れらない経験に——」
「本当にそんなクサい喋り方をするんだね」風神さんがゲラを睨みつける。「出鱈目な推理を披露しあがって。藪医者ならぬ藪探偵、ってところか」
「な、なんだと!」ゲラは目を見開き、風神さんを睨み返した。「ぼくの推理は常に完璧だ。ぼくの何が‥‥‥」
「あの‥‥‥」
そのとき、奥の方から女性の声がした。そこで僕と二人が、同時に振り向く。すると、光山和代こと天王寺和子さんが、病室から顔を覗かせていた。
「天王寺さん!」
「天王寺さん」
僕が言うのとほぼ同時に、風神さんが一歩進み出た。そして彼女に向かって、人差し指を突き立てる。
「ど、どちら様ですの?」
「風神風吹です。若者を一人、轢きましたね?」
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