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D坂の怪人
それは九月初句のある蒸し暑い昼のことであった。僕、勝吉はD坂の大通りのふもと近くにある、江戸川喫茶という、行きつけの喫茶店で、冷やしコーヒーを啜っていた。
僕は昨年大学を卒業したばかりの新社会人で、しかしろくに就活もせずに、在学中に受賞した新人文学賞の賞金を糧にのうのうと暮らしていたのだった。しかしながら、一応は人気作家になることを夢見ていて、不規則な生活を送りつつも小説のアイディアを思いついてはメモする生活を送っているのだった。
この江戸川喫茶というのは、この店のある坂の名前がD坂というところから、江戸川乱歩『D坂の殺人事件』へのリスペクトを込めて命名した物らしい。しかしながら、店内には江戸川乱歩に対するリスペクトが感じられるものは一つもなく、ただの典型的な喫茶店のつくりと同様であった。ただ、店に入ったすぐ正面の壁には、乱歩には何ら関係ないであろう髭面の外国人の写真がひとつ飾られている。レトロな雰囲気を狙ったのだろうが、正体不明な好々爺の写真を飾ったところで無意味だろうなどとここへ来るたびに思っていた。
住んでいるアパートから近いということもあり、そんな江戸川喫茶が僕の行きつけとなっているのだった。
D坂のふもとには十階建ての巨大なマンションがそびえ立っている。そのためにこのD坂は通行人が多く、珈琲を飲みながら窓から覗く道行く人を観察し、推理を巡らすのが毎朝の日課であった。
しかし今日ここに訪れたのには訳があった。というのは、僕が近頃この江戸川喫茶で知り合いになった一人の妙な男がいて、名前はゲラルドゥス翁という何とも奇怪な名前なのだが、話をしてみるといかにも変わり者で、案外面白いのだ。彼との会話はミステリ談義で、ボクもちょうど推理小説好きだったため、見事にウマが合ったのである。
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