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1、バッド モーニング~最悪の朝~
「ねえ、マム、絶対に秘密だよ」
「オッケー、わかってる」
本当にわかってるのかなあ。
青い空。ローズアベニューに並ぶパームツリーが、やさしく風に揺れている。
新聞配達のお兄さんが、ニュースペーパーを車から放り投げた。
ナイス・コントロール。きっちり芝生の上。しかも、メールボックスのまん前。
窓の外はごきげんなのに、ぼくの気分はどん底だ。朝ごはんのシリアルも、ミルクを吸い過ぎて、ぐちゃぐちゃになっちゃった。
「ねえ、マム、本当に行っちゃうの?」
シリアルをスプーンでかきまぜながら、キッチンのマムに声をかける。
「仕方ないでしょ。お仕事だもの」
ドーナツののったお皿を持って、マムがぼくの前に座る。
あ、そっちの方がおいしそう。ぼくはマムのお皿と、シリアルのボールをチェンジしてから、言い返した。
「ダッドも行くんでしょ? だったら、ダッドにまかせておけば?」
「研究発表だもの。そういうわけにはいかないの」
そう言って、マムはテーブルの向こうから手を伸ばし、ぼくの栗色のカーリーヘアーをくちゃくちゃとなでた。いつもそう。マムはぼくを子犬かなんかと勘違いしてる。それから、その手でぼくの目の前にあるドーナツをつまんで一気に口にほうり込んでから、シリアルボールをぼくの方に押し返した。ちぇっ。
「じゃあ、ダッドが家に残ったら?」
「ごめんよ、テディ―。ダッドも発表があるんだ」
コーヒーカップを手にしたダッドが、となりに座って、ぼくのほっぺたにキスをした。キスなんかでごまかされるもんか。両親そろって、大学の先生なんて、くそくらえだ。脳みその研究がそんなに大事? ぼくの脳みそのことも知らないくせにさ。
8歳になったっていうのに、「b」と「d」の区別もつかないし、時々、右と左がわからなくなるんだ。おまけに秘密も抱えてる。そんなぼくを、平気で置いて行くなんて、鬼だ。しかも、強盗や誘拐が多発する、この危険なロサンゼルスにだよ!
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