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「霧矢様、投書が……」
紅茶を飲んでいた椿 霧矢は、持ち上げたティーカップから顔を上げた。
「こちらを」
秘書の梅柄 雅が恭しく霧夜に封書を差し出した。
ペーパーナイフを取り出すと、封筒の縁に滑らせる。
封筒には、手紙と白薔薇の花片が二片収まってる。
花片は艷やかなままで、投書されて時間が経っていないことが見て取れる。
霧矢は手紙を取り出して、開いた。
ボールペンで書かれた、文字。
化学棟 準備室 17時
「雅、真敬を呼べ」
封書を読んだ霧矢は、雅に指示する。
雅と呼ばれた秘書は軽く一礼すると、部屋をあとにした。
雅と入れ違いにノックの音が響いた。
「椿理事長、江沼です」
「入れ」
霧矢の返事を受け、理事長室の重厚な扉を開けて入って来たのは、校長の江沼 幹雄だった。
「失礼いたします。亡くなった生徒のマスコミ対応についてご相談が……」
「他の生徒への影響を最小に」
「いじめの事実を疑われていますが……」
「調査の上、回答」
校長の江沼は、理事長の椿が苦手だった。
着任時は二十代のひよっ子だと思ったが、就任直後、椿はひと月と経たず学校法人運営を理解し、理事会を掌握した。
氷のような視線、情緒や感情を削ぎ落とした機械的な口調。
話し方は理路整然として無駄がなく、質問にも間髪をいれずに答える。
そして相手にも同じことを求めた。
年若い椿と話す度に、長年培ってきた自分の価値観が揺らぐ。
有能だと思っていた自分の無能さ加減を椿に晒されていると感じた。
椿は決して相手を大声で詰ったり、詰め寄ったりすることはなかった。
いくつかの質問をするだけ。
だがその質問にすら江沼が答えられたことはない。
自分の無知を詳らかにさせて、上位に立とうとしている。
江沼は椿に対して、そう思っている。
今日も生徒二人の不審死に対して、ほぼ単語での回答だった。
椿は校長である自分を蔑ろにしている。
椿への歪んだ見方に囚われている江沼は、震える両手を握りしめ、奥歯を噛めながら一礼して退室した。
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