村おこし

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 深い山の中、とまではいかないが、まあまあな山の中。鉄道は通ってなく、バスもほとんど走っていない。人口は減り続けており、そのうち村自体が消滅することが予測されている。学校はかろうじて小中学校が一つだけ残っている。買い物は田舎によくある、全く競争原理の働かない個人商店のみ。田舎の風景をウリにしたいが、そこまで目を引く景色ではない。かなり詰みかけている村だ。   そんな村だが、何とかして起死回生を目指していた。村長と観光課長が熱心に話し合っている。 「やはり観光だと思うんだよね。とにかく村に人を呼ばなきゃ。」 「そうですね、私もここから事態を打開するには観光しかないと思います。」 「だよな。観光課長は何か案ある?」 「そうですね。古い考えだと批判されるかもしれませんが、私はハコモノに頼るべきだと考えます。幸い先月国から各市町村へ一億円の地方創生金が交付されましたので、それを使って何とかすべきかと。」 「そうか。私もそれがいいんじゃないかって思ってた。で具体的に何か考えがあるのか?」 「私はトイレがいいと思います。ベタかもしれませんけど、やはり観光の基本中の基本ですから。それに女性はかなりトイレを重要視してる、と言われてますし。」 「トイレか…。トイレ、いいね。うちは建設業もやってるからそっちも儲かるし。」 「いや、村長、そんなあからさまことは…」 「そうか?いいじゃない。で、どんなトイレがいい、とか考えはある?」 「いや、まだ具体的には。とりあえずトイレがいいかな、って思っただけなんで。」 「そうか。忙しいかもしれないけど、一週間後くらいまでに考えておいてくれないか?」 「分かりました。」で、お開きになった。  観光課長は仕事の合間を縫ってずっと考えていた。日本や外国のおもしろトイレを調べたりした 。が、これといっていい案は浮かばなかった。ところで観光課長には小学六年生の息子がいる。息子はとにかくゲームが好きで、特にRPGがお気に入りだった。その日もリビングのテレビでRPGをやっていた。野球を観たかった観光課長は少し不機嫌になりながらゲームの様子を観ていた。そこで閃いた。「ダンジョンだ。トイレをダンジョン風にするんだ。」次の日、観光課長は村長室へ出掛けた。そこでダンジョン風トイレのとこを説明した。村長はニヤリとして「いいねえ。」と言った。                   「で、予算は?一億円で足りるの?」 「はい。いろいろ調べてみましたが、少し余るくらいになりそうです。」 「そうか。それで私のポッケにも…いやいや何でもない。」 議会も村長の友達みたいなものなので、あっさりと承認された。何社かの建設会社でやることになった。もちろん村長の経営する建設会社も。観光課長は案を出したこともあり、かなり細かくこの件に関わることになった。というよりは事実上の指揮官である。ダンジョンのつくり方なんて誰も知らないから、観光課長がイチから調べて各建設会社に指導した。工事の進捗状況も観光課長が管理した。こうして半年くらいで素人監督の仕事は完成した。 「村長、例のトイレ、完成しました。」 「おお、完成したか。私も暇なときは現場に見に行ってたよ。いろいろ聞きたいこともあったけど、君に任せたからあえて聞かなかった。だいぶできたな、って思ってたけど、とうとう完成か。よかったよかった。おめでとう。」 「それでですね、村長。あまりみんなやったことない仕事だったんで、結構費用が掛かってしまいまして。」 「まさか予算オーバー?」 「いえ、オーバーはしなかったんですが、トントンくらいになっちゃいまして。」 「ええーっ、そうなの?じゃあポッケナイナイできないじゃない。でもまあ完成したならいいか。」 「それでですね。正式なお披露目の前に村長にも見ていただきたくて。今からお時間大丈夫ですか?」 「おう、いいね。行こう行こう。」 二人は車で村はずれの古墳公園(古墳があったかもしれないという思い込みでつくられた公園)に隣接しているダンジョン風トイレに向かった。車を公園の駐車場に停め、二人はダンジョン風トイレの前に立った。男子トイレと書かれた表札の下には横穴が口を開けている。同じように女子トイレの表札の下にも。 「この穴の中に入るんだよな。」 「そうです。」 村長は意を決して男子トイレの中に入った。あまり太陽の光が届いていなくて、中の照明も最小限だからかなり暗い。慎重に手探りで歩を進める。20メートルくらい歩くと少し明るくなって小便器が見えた。村長は「結構スリリングだね。」と嬉しそうに言った。観光課長は嬉しそうに「そうですね。」と言った。村長は「大便器の方は?」と聞いた。観光課長は「まだ先です。」と答えた。「君は方向とか分かるのか。」 「そりゃあ私が設計したようなものですから。」 そして更に20メートルほど歩いて大便器のところに着いた。村長は一抹の不安を感じた。「面白いんだけど。面白いんだけどな。」それに対して観光課長は完璧な仕事をこなした、と言いたいような表情だ。自信に満ちている。村長は結局何も言わなかった。一応トイレがちゃんと機能するか試した。もちろんちゃんと機能した。二人は入口まで戻って来た。 「女子トイレもチェックしますか?」 「いや、いい。大丈夫だろう。」 これでその日の仕事は終わった。  それから一週間が経ち、いよいよお披露目の日だ。何と知事も来てくれた。事前に新聞記事にもなっていたため、多くの観光客も来てくれた。たくさんの来賓の中、村長は誇らしげに挨拶をした。一週間前に感じた不安などなかったかのように。知事や有力者の挨拶も終わり、いよいよテープカットだ。村長は真ん中でテープカットを行った。それに続き子どもたちがダンジョン風トイレの中に入った。ワーキャー声が聞こえる。観光課長は成功を確信した。その後の打ち上げで村長は観光課長の事をベタ褒めした。副村長の可能性を示唆しながら。その日、観光課長は記憶が無くなるまで飲んだ。学生時代以来だ。次の日、二日酔いで痛む頭を抱えながら役場へ向かった。同じ課の人や違う課の人、みんな笑顔で褒めてくれる。ふざけて「村のアイデアマン」のタスキをつくってきたヤツもいる。観光課長はいじられながらもニコニコしていた。村長も顔を見せた。握手を求められた。観光課長は上の空でその日の仕事をこなした。お昼までは。そう、昼過ぎから役場への電話が止まらない。全てあのダンジョン風トイレへの苦情だ。まあ、予想されたことでもあるが、かなり間抜けな苦情だ。端的に言えば「トイレに間に合わなくて漏らしてしまう」というものだ。観光課長は「アホか。」と思いながらも、さすがにこの量の苦情は無視できない。村長もやって来た。「大丈夫か?」「大丈夫ですよ。」 観光課長は「バカばっかしだな。ダンジョン風って言ってるんだからある程度時間に余裕を持てよ。」と内心毒づいた。そして確認のために一応トイレを見に行った。ひどい。小便まみれだ。奥の方には大便も。何か策を講じなければならない。とりあえずダンジョンの中に照明を設置してポスターを貼ってトイレの方向を知らせることにした。「ダンジョン風味が失われるんだけどな。」と思ったが大便小便まみれのトイレではダメだ。これで解決、かと思っていたが事態はそう簡単じゃなかった。ポスターを貼っても漏らす人間はいた。そのたびにポスターを増やしていき、もはやダンジョン風味は失われた。ただの横穴の中にある不便なトイレだ。そうすると役場内の人からも風当たりが強くなってきた。村長は話し掛けてこなくなった。そして致命的だったのが新聞記事。最初は「革新的なトイレ」などともてはやしていたのに、今ではすっかり手のひらを返して「無駄の極致」などと言われている。しかもボッケナイナイ疑惑を村長ではなく自分がかけられている。観光課長は「無能な横領犯」とされた。彼の妻も子も立つ瀬がない。そんなときに村長に呼び出された。 「エライことしてくれたな。」 「すみません。」  「まあOK出した私も悪かったけど…」 (そうだ、そうだ) 「まあ、君にもう一度チャンスをやろう。何か革新的な村おこしはあるかな?」 村長がすり寄ってきたのには理由があった。無風だと思われていた次期村長選に強力なライバルが出馬するということと、横領疑惑が村長にまでかけられてきたということである。 「なくはないんですけど…」 「なに、なに?」 「最近、ジェンダーとかの問題で減ってるんですけど、ここであえて美人コンテストとか。」 「ほぉ、美人コンテストねえ。うん。いいじゃない。一億円の予算も使い切っちゃったし。美人コンテストならお金もかからないし。で、どうするの?」 「今は結構希少価値があるので、普通のコンテストでいいと思います。募集してミスと準ミスを2人選ぶくらいで。」 「よし、そうと決まったら早く進めよう。」 (ライバルに差をつけなきゃいけないからな) 「村の広報に載せて…あと新聞記者にも来てもらおう。」 「じゃあ、手配します。」 観光課長にとっても、村長にとっても一発逆転のチャンスである。ここを逃すともう先はない。観光課長は部署に戻り募集要項を考えた。 (年齢はある程度は譲れないな。18から24までくらいにしとくか。でもそうするとこの村からは来ないかな?じゃあ村在住じゃなくてもいいことにするか。あとミスだから未婚は譲れないな。その他の条件は…まあ、いいか。幅広く募集しとこう。あ、あと審査員か。村長と私?あとは、村長に誰か紹介してもらおう。)  美人コンテストの準備はトントン拍子で進み、あっという間に締切日が来た。田舎の村のミスコンなのでネット募集なんてのはなく、郵送オンリーだった。とりあえず村長室で村長と観光課長が開封して応募者の写真やプロフィールをチェックした。 「うーん。」二人とも頭をひねった。 「どうだね?」 「どうでしょう。」 「何人応募してきたんだっけ?」 「9人です。」 「9人か。まあ何人応募してきたとしても、ちゃんとしたミスが出せれば問題ないんだが…しかしひどいな。」 「美人コンテストですよね?どうしたんだろ。勘違いしてるのかな?確かに、美人であること、とは募集要項には書いてなかったけど。一般常識の範囲ですよね。」 「まあ、容姿以外の何かが優れてるのかもしれないけど…」 と言いながら村長はプロフィールを見た。 「一芸なんてないよな。資格や学歴はみんな普通だし。」 「ですよね。この中からミス準ミスで3人も選ばないといけないとは地獄ですよね。」 「そうだぞ。トイレの件でかなり味噌がついてるのに。このままじゃ恥の上塗りだぞ。」 「困りましたね。容姿は普通以下。特技も特になし、じゃ選びようがないですね。」 「そうだぞ。これも、君の美人コンテストをやろう、という案のせいだぞ。」 「また私のせいですか?」 「そうだ。君のせいだ。何か対策を考えたまえ。」 観光課長は村長室を出て自分の席に戻った。そして受話器を取って応募者各位に連絡した。 「すみません、〇〇村ですが美人コンテストの件でお電話させていただきました。」 観光課長は辞退を促したが相手は変に強気だ。9人全員に電話を掛けたが対応は皆同じようだった。中には辞退してもいいけど、と言いつつ金銭を要求しようとする者もいた。みんな小さな村の美人コンテストということで舐めているのだ。結局誰一人辞退させられなかった。 (仕方ない、この目くそ鼻くそ、どんぐりの背比べの中から無理やり順位をつけるか) そう結論づけて村長に判断を仰いだ。村長は 「まあ、仕方ないか。乗り気はしないけどこの9人から選ぶか。」と言い、書類選考の場をセッティングした。審査員は村長と観光課長、村議会議長、そして有識者ということでモデルの女性と芸能プロダクションの社長の男性の5人である。のっけから5人は無言である。そしてかなり渋い表情。全員のため息がシンクロした。口火を切ったのは芸能プロ社長。「これ、やります?」 「ですよね。」と観光課長。モデルの女の子は「マジっすか?」という顔で見ている。 「やらないという選択肢はあるの?」と村長。 「難しいですけど、これ、誰も得しませんよ。」 と芸能プロ社長。 「恥を忍んで、該当者なし、にしますか?」 と村議会議長。 みんないろいろと喋っているが、結論は決まっているようだ。しばらくして結果が発表された。 「該当者なし」だ。被害を最小限に抑えるにはこれでよかったのかもしれない。ただ、発表は荒れそうだ。  そして発表日。こうなることは分からなかったため、かなりの規模で発表することになっていた。人はたくさん来ている。もちろん新聞記者も。村長は緊張しつつ発表した。 「今年度のミス〇〇は該当者なし」 怒号がしばらく響き渡った。候補者たちもこっちをにらんでいる。罵声を浴びせられても村長は黙っている。新聞にも厳しいことを書かれるだろう。何より村の名誉は地に落ちた。村長は村長室に戻り無言だった。観光課長は励ますつもりで村長のところへ向かった。村長は意外に元気で、観光課長にこう言った。 「何か新しいアイデアある?」
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