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立ち去るとき、鳴海くんが会釈をしてくれるので、同じように返した。彼らがいなくなると、祥子さんがさっきと同じ質問を今度は私にぶつけた。
「知り合いなんですかねぇ。あの、ご近所さんなんです。今朝もゴミ出しで見かけて」
「へぇ、そうなんだ?」
学生が買い物に立ち寄るので、私はメモの続きに取りかかった。双鳳ピン880円、カギホック110円……。ボールペンを走らせながら思うのは、鳴海くんのことだった。
“沙耶さん”と名前で呼ばれたことが、なにより衝撃的だった。あれは完全に不意打ちだ。
あぁ、もう。
心臓がさわがしくて落ち着かない。さっきから勝手に早鐘をうっている。
たった一週間のうちに偶然の出会いが四度もあるなんて、まるで何かに仕組まれているみたい。
何かって何だろう? 自問自答し、わずかに上気した頬に手をあてた。
隣りのアパートに住んでいる服飾専門学生の彼と、シングルマザーで二十五歳、実家暮らしの私。年齢も立場もかけはなれていて、何の結びつきもなければ縁もゆかりもない。
ただ、偶然がかさなっただけ。そう思い込むことにした。
***
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