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「何か食べたいものはありますか?」
こう聞かれると、以前ならお任せします、などと応えていたあたしだけど、
「パスタが食べたいです。イタリアンがいいです。…………その後、もしよければ見たい映画とかあるのですけど……」
以前のあたしなら、絶対に出ない言葉だ。このときのあたしは、絶対躁状態だった。
「いいですね。イタリアンでパスタ。その後映画ですね、楽しみです。じゃあ、映画は何が見たいですか?」
「私、寅さんの映画を見たことがなくて。一度見たいと思ってたんです。今やってる寅さんは、県内でロケがあった映画ですよね」
「そうそう。僕も見たいと思ってました。それにしましょう。どこで待ち合わせましょうか? どこでも迎えに行きますよ」
そのときのあたしは、待つということに不安を感じた。ここは、待ちではないと感じたあたしは、
「あの、森田さんの家の最寄り駅まで電車で行きます」
攻めにでた。
「え、そうですか。じゃあ、次の日曜日10時30分に桃之田駅で降りてください。桃之田駅は無人駅なので、僕がホームで待ってます。そこから僕の車で街まで行きましょう」
「あ、ありがとうございます。楽しみにしていきます」
「僕もです。では日曜日に!」
電話を切ったあたしは、うれしさで上気していた。旦那と結婚して15年たった今になってみると、何であんなに興奮していたのか分からない。二度あっただけの普通の男だ。イケメンというわけでなく。あたしのタイプということでもなく。やはりあのとき、あたしは躁状態だったのだ。今まで鬱々とした日々であったため一気に揺り返しが来たのだ。そうじゃないとしたら、後は『縁』という超自然的な力が、あたしに働いたとしか考えられない。
次の日曜日。この地方では珍しく雪が積もった。
真っ白な朝……。
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