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其々の決着
昼下がり。静かに時が流れていく中、職場の近くの公園をゆっくりと散歩をする。
嘘のような平和な空間を、一人、満喫しながら歩き続ける。
公園のベンチに座り、両脚を組み、寛いでいると、私の前に三十くらいの男性が立っていた。
目付きこそ鋭いが、端正な顔立ちで、優しい感じの笑みを浮かべている。しかし、鍛え抜かれたと思われる身体からは、殺気がやたらと溢れ出ているのを感じる。
つけられていたのは分かっていたけどね。
「お隣、よろしいですか」
「どうぞ。空いてるわよ」
男は静かに私の隣に座る。
男のセミロングな髪が風に揺れる。
「沖田さん。貴方にお願いがあって、会いにきました」
「私の名前をご存じですか。『蠍』の方ですよね。私の暗殺依頼は取り消された筈ですよ」
「その通りです。だからこうやってお会いにきました」
やたらと物腰が柔らかい。
「どう言う事かしら。ルール違反ですよ。見限さんにお伝えしますよ」
「確かにその通りです。けど、どうしても踏ん切りがつかないんですよ」
「お聞きしましょうか」
何となく理由を聞きたくなった。
「『蠍』は私、皆藤 真也(かいどう しんや)と奏念でやっていました。奏念と共に過ごした時間が長すぎたのかもしれません。奏念の死を受け入れる事が出来ないんですよ」
「そうですか。けど、この道を歩く者にとって、死は隣り合わせ。私に戦いを挑んだのは貴方達ですよ。恨まれてもこまります。諦めるしかないのでは。恨むなら私に暗殺依頼を出した見限さんにしてもらえます」
敢えて、笑みを浮かべて見せる。
「仰るとおりです。筋違いなのは分かっています。けど、どうしても自分としては、心に引っ掛かった物が取れないんです。申し訳ないのですが。沖田さん。私と戦ってください。このとおりです」
皆藤は深々と頭を下げた。
「お断りしたら」
「戦って頂けるまで、付きまとうまでです」
「イケメンの貴方に付きまとわれるのは悪くないけど、一生は困るわね。それと、私は勝っても負けても、戦い損になるわね」
戦っても、私が得る物は何もない。皆藤を納得させるためだけの戦いなら、受けるつもりは毛頭ないし、皆藤の哲学を理解する気もない。
「沖田さんが勝った時は私の通帳とキャッシュカードを差し上げます。番号は通帳にメモしてあります。名義も沖田さんになっています。私のスーツの内ポケットに入っていますので、私を倒したら、持って行ってください。暫くは遊んで暮らせるくらいのお金は口座にはいっていますので」
面白い条件を出してきた。勝利した場合にのみ、ファイトマネーが私に支払われる事になるとはね。
思わず笑みをこぼしてしまう。
「受けて頂けないでしょうか。私を助けると思って」
「皆藤さんを助ける気はありませんよ。自分に降りかかる火の粉を払うまでです。貴方の哲学に付き合う気はありませんから」
私はニヤリと笑い、立ち上がる。
「何処で戦いますか。他の人に迷惑をかける訳にはいきませんので」
「ありがとうございます。それでは、奏念と沖田さんが戦った場所で」
「行きましょうか」
私達はあの廃屋のような倉庫に向かって、静かにゆっくりと歩き出した。
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