遺された自画像

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 一頻(ひとしき)り眺めていた。一頻り眺めて、けれどこれは遺品整理だった、という本来の目的を思い出す。いくつか本当に気に入ったものだけは残して、あとは売ってしまおう決めていた。  散らばった絵画をよく見ていると、綺麗にキャンバスが積まれた場所があることに気付いた。一番上には、風景画ではなく自画像と思われるものが描かれていた。どんどん下を見ていくと、どれもすべて画角を変えた自画像ばかりという不可解な絵がそこにはあった。それも、いつ描いたものかは定かではないが、どれもヒビが入っていたりところによっては剥がれているところもあった。ほかの絵にはそんなところがないのも不可解だった。なぜ、自画像ばかりがこんなことに。そんな疑問が湧いたときだった。  ブー、ブー、ブー…  携帯が着信を伝えてくるのが分かった。見ると、頼んでいた査定士からだった。絵画の買取査定を依頼していて、今日ここに来てもらう予定だったのだ。 「今…はい、もう父のアトリエにいます。…時間通りに、はい」  そう言って、時間通りに伺いますという旨の連絡を受けて査定士を待つことにした。 「おかしいですね」  査定士にこの自画像のことを話して見てもらうと、彼は首を傾げてそう言った。 「笹枝先生の作品は今までも扱ってきたことがありますが、こんな状態のものは見たことがありません。基本経年劣化とは100年という単位で起こることはありますが、こういった短期間で起こること自体がおかしいんです。これは…油絵具とアクリル絵具を混ぜて描いていると思うのですが……うーん」 「どうしたんですか?」  訝しげに顔を歪めた査定士の言葉の意味が、私には分からなかった。 「先生がこんな初歩的なミスをするとは思えないんですよね。油絵具とアクリル絵具を混ぜると、相性の悪さからヒビ割れや剥離が起きることは当たり前なんです。それも、ほかの作品はすべてちゃんと油絵具のみを使用していて、この自画像たちだけが絵具を混ぜて描かれている。なにか意図があったとしか思えません」  査定士の男はそう言った。ほかの風景画はそれなりな金額が付くけれど、この自画像に関しては買取はできないというのが彼の出した結論だった。  どういうことだろう。その疑問は、私をなぜか妙にざわつかせていた。 「修復士に修復を依頼するのも一つの手ではあります」  修復――するほどの価値があるのだろうか。金額以前に、父の自画像など私にとってはなんの価値もないと思ってしまう。けれど、なにか意図があるのなら解き明かしたいと思う自分がいることも確かだった。
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