遺された自画像

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 それから、仕事が忙しかったのもあり、私は一ヶ月その絵を放置することになった。幸い分譲マンションだった父の部屋は、もう支払いも済んでいて私の財産ということになっていたので心配はいらなかった。 「修復士かぁ…」  夜、自宅でそう呟きながら、パソコンで修復依頼にどれほどの金額が掛かるのかを調べてみていた。すると、無料でまずは調査をしてくれるところがあるのを見つけた。まずはここに調査依頼をしてみよう、と決めたのだった。 「あ、お母さん?」  父の死後、私に連絡が来たことは母に話していたが、母は相続権を保有していなかったので、私が一人で遺品整理までやっていた。母ももう老齢だ。手を煩わせるのも気が引けたのもあった。  電話で実家の母の声を聞くのも、父のマンションに行く前の連絡が最後だった。 「あの人の遺品なんて、大したものもなかったでしょう」  母は冷めた声でそう言った。母にしてみれば、育児に仕事に大変な時期になに一つとして協力しなかった元夫だ。興味もなければ、亡くなったことに対する感傷もないのだろうなと思った。私にしたって似たようなものだ。遊んでもらったこともないような父の記憶などないに等しい。赤の他人のような存在だった。 「それがさ、ちょっとおかしなものが出てきたんだよね」  そう言って、私はあの不可解な自画像の話を母にした。 「それはたしかにちょっと変ねぇ。……あの人が絵に対してそんな扱いをするとは思えないわ。絵にしか興味がなかった分、絵にだけは常に真剣だったもの」  その言葉を聞きながら、雑に散らばった絵画たちが頭を過った。丁寧な扱いはされていなかった絵画たち。 「それでね、ほかの絵は買取してもらえることになったんだけど自画像はそうもいかなくて。理由が知りたくて、修復士にまずは調査をしてもらおうと思ってるの」 「修復士?」 「絵画の修復をしてる人たちがいるのよ。査定してもらった人に聞いて私も知ったんだけど、調べてみたら無料でまずは調査をしてくれるところが見つかったの」 「そう。…あんたが気になるならやってみたらいいんじゃないかしら。私はあの人の絵を見るのもこりごりなのよ。家庭をすべて絵に奪われたような気がしていたわ。あの頃の記憶がどうしてもこびりついて取れないのよ」  母は当時、本当に憔悴していたという。今や一人親なんてのは珍しくないが、似たような状態に加えて、寝食も忘れて絵画に没頭する父の世話までして、家のことにまったく見向きもしてもらえないという状況にストレスを溜めて。父の財力などたかが知れているのを知っておきながら、それでも養育費だけはしっかり払わせたというのだから、母は強いなと思った。
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