遺された自画像

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 結局、母はやはり介入はしたくないようで、状況報告はすると話して電話を切った。  恨んでいるとか憎んでいるとかそういったことよりも、当時の疲弊した記憶がフラッシュバックするのを恐れているようだった。そんなこと、子供の頃はよく分かっていなかったものだから、私も母に気苦労を掛けた一人なんだろうなと思ったらすこし胸が痛くなった。もちろん、産むと決めたのは親自身なのだから私が申し訳なく思うものではないのだけれど。  電話を切るとき、「ごめんなさいね、本当は私もやらなきゃいけないことなのに」と母は項垂れたように言っていた。離婚しているとはいえ、娘にばかり押し付けることに罪悪感があるのだろうというのが伝わってきただけで、すこし胸が軽くなる思いだった。  結局、それから更に一ヶ月を置いてから、修復士に調査の依頼をした。無料というだけあって、直接見てもらうわけではなくビデオ通話みたいなものでの査定の話になった。しかし、そうして見てもらったとき、担当の方が父の作品をよく知っている方で興味が出てきたのか実際にその絵を見たいという話になった。 「笹枝先生が油絵具とアクリル絵具をねぇ。その査定士の言った通りですよ。まるで剥離するのを待っていたような作品だ。先生の自画像なんて珍しいもの、コレクターからしたら貴重なものなんでしょうけど、この状態じゃ買取を断られるのも無理はないですね。偽物だと思われても仕方ない代物です」  なかなかの量だったが修復士の工房に足を運んだ私に、修復士の安藤はそう言って、絵画をじっくりと観察していた。一枚一枚丁寧に見ている。すると、おや、という安藤の声が聞こえてきた。どうしたのかと思って私もつい覗き込んだところで、安藤がこちらを振り向いた。 「これ。この一番剥離が酷い部分、よく見ると下に絵が描かれているように見えます」  どれ、と私もよく見ると、確かにキャンパスの地が見えるはずのそこにはうっすらピンク色をしたものが私でも確認できた。 「どうしましょうか。この自画像を修復することもできますし、気になるようでしたら上の部分をすべて剥がして下の絵を見るということもできますが」  安藤の意見に私は逡巡する。なんだか胸がざわざわした。この胸騒ぎがなんなのか自分でも分からなかったが、どうしてもこの下の絵を見なければいけないような気がしてきたのだった。 「……とりあえず一枚だけ、下の絵を出してもらうというのでもいいですか。ほかの絵は……その絵を見てから考えたいです」 「そうですか、分かりました」  安藤は心なしかワクワクしているようだった。笹枝俊介の自画像というだけでも貴重なのに、さらに下になにかが隠されているとなれば、興味も湧いてくるのだろう。修復士としての仕事にしては、こういったことは本当に珍しいようでそういう意味でもやり甲斐があるのかもしれない。  料金は修復後に、ということで一先ず引き上げることとなった。
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