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保険金
女将の包丁を研ぐ音だけが静かに響く店の中。今夜も大村課長の貸し切りのようでありました。
「最近、齋藤さんや中村さんと全然一緒にならねえな、なあ女将?」
「そうね、どこかへ行っちゃったんじゃないの」
包丁研ぎから目も離さず女将は言った。他所の店へ浮気でもしているもんだろうと大村課長は呑気に考えやたらキツイ日本酒をあおっておりました。今の時代に和服と白い割烹着姿の女将。歳はそこそこだろうが色白細面のまるで美人女優と言っても言い過ぎではない容姿の女将である。
「まあ失礼な話しだけどさ」
そう前置きをしたほろ酔いの大村課長でございましたが
「よくこれで店が潰れねえよな?」
女将は包丁研ぎから手を離し、カウンターへ何やらひと目に申込書と分かる書類をそっと置いた。
「友達に保険の外交してる人がいてね、齋藤さんと中村さんにも前に入ってもらったのよね」
そう言うと女将は今まで研いでいた包丁を天井の白熱球に照らしてそれを眺めていましたが突然目を細め大村課長をじっと見つめ言ったんですな
「あの人たちはどこかずっとずーっと遠くへ行ったみたい、そのおかげかしらねお店が潰れないのは」
背筋に変なものを覚える大村課長にさらに女将はこう言ったんです
「受取人は私で」
そう言って悪魔が天使の顔をしてみせた
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