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消えた人たち
その晩の居酒屋いろはカウンターにはいつもの大村課長ではなく近所の印刷屋の社長の北林さんの姿が。
「大村さんが来てないなんて珍しいこともあるもんだね女将」
バーのマスターよろしくコップ酒を注ぐ清酒メーカー提供のガラスコップを磨き白熱球に透かしながら女将は言った。
「さあねどこかで浮気してるんじゃないのかしらね」
「大村さんが他に飲みに言った話しをボクは聞いたことがないぜ」
ガラスコップに息を吹きかけては磨きを繰り返していた女将は北林社長の方へ微笑み
「死亡一億の保険に入ってもらったのよね、受取人はワタシ」
女将は背後の棚へ磨いたコップを静かに置きながら妙にソワソワし始めた北林社長に背を向けたまま言いましたよ
「日中ちょっと金が振り込まれたのよねワタシ。大村さんは⋯もう来ないかもね⋯」
ドキッとした顔の北林社長の前へ女将はまた生命保険の申込書を真顔でそっと置き
「ねえ社長、齋藤さんや中村さんにもお願いしたの、友達に生命保険の外交してる人がいるのよ」
そして北林社長の目をじっと見て薄ら寒いような笑顔を女将が見せると北林社長ふと思い当たる節がございました
「そういえば齋藤さんや中村さんともしばらく一緒になってな⋯」
そのとき北林社長の背後の引き戸がララガッと音を立てて開きましたら
「急に残業でまいっちまったよ本当に、あー女将振り込まれてただろ?先月のツケ」
そう言いながら慌てて暖簾をくぐったのは大村課長でございました
女将は、ホッとしたような顔でもありひと言、まさか幽霊じゃないだろうねと小さく言った北林社長を見つめたまま
あら、まだ全身に回ってなかったのかしら、うふふ
と小さく笑ったのでございました
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