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第二章 二人の女
一
翌日の夜、翌々日の朝と続けて二回、綾絹への目通りを願い出たが果たせなかった。
二代目の吉祥女とは、綾絹本人であるか直接本人に質したい。それとあのたくさんの女弟子の存在である。
可能ならば、国阿派のこと一阿派のこと、念流との関係、藤四郎には、数々の疑問が繰り返し浮かんでくる。
考えても分からないことばかりである。こんなときは当事者で、かつ最も身近な者に聞くに限るのである。
「お邸に帰ってこられぬのです」
三郎四郎は教えてくれたが、
「ではどこにいるのです。いつ頃お帰りになるのです」
と、続けて聞いても、
「手前にも分かりかねまする」
つれない返事だが、三郎四郎も困惑の体である。
「そういえば……」
この広い邸を宰領しているのは誰だろうか。迂闊にも藤四郎は、その人物の名を知らなかった。
「この屋の家司は誰だ? こなたは誰の命で動く」
三郎四郎に聞いても、
「手前は長者さまのご指示を直接いただきまする」
家司はいないということらしい。まんざら嘘を言っているようには見えなかった。
藤四郎は長者の食客といってよい。長者邸は広くて大きい。
他に食客があるはずだ、と思ったが、どうやら藤四郎以外には、いないようである。それも不思議なことだった。
だいたい長者邸には人の気配が少ない。広さからいって、もっと雑色がいても良いはずである。
だが目につくのは、ほんの数人の男女だけだった。それにしては、邸の清掃も行き届いている。
(なぜ、綾絹どのは、おれをこの屋に連れてきたのだろうか)
藤四郎の疑問は深まるばかりだったが、あれから綾絹が帰邸せず、訊ねる機会は訪れなかった。
やむなく藤四郎は、町に出ることにした。部屋の中にごろごろしていては、疑問が堂々巡りをするばかりで、どうにもやりきれないのである。
すでに仲冬(十一月)も晦日であった。
京の町は、比叡颪颪が吹き荒れていて、昼とはいえ寒さはかなりきつくなっている。
心なしか町を行き交う人の出も少ないかと思われた。
だが、この前と比べて町は落ち着いているようだ。おそらく、赤松満祐の謀反、京での合戦という最悪の事態が回避できたからだろう。
騒動の原因であった赤松持貞の自害で、赤松満祐が京に戻ってきて足利義持に詫びた。結局、総領職を満祐が継ぐこととなって、事は元の鞘に収まったようだ。
今では元に場所に新たな邸を新築しているという。京で戦にならずに良かった、と藤四郎は心の底から思った。
合戦となれば、京の町が荒れてしまう。迷惑を被る庶民も多かっただろう
。
藤四郎は四条金蓮寺に向かっていた。浄阿弥を訪ねようと思ったのである。藤四郎にとっては師伯にあたる。念道からの添状添状もある。
「だが、ちょっと待て」
途中で躊躇いが生じた。成り行きとはいえ、浄阿弥の一阿派の者と剣を交えてしまったのである。
決心がつかずにぶらぶら歩いていると、
「何を迷っている」
と、声を掛けられた。
はっ、として藤四郎が顔を上げると、そこには顎髭をしごく悠然とした楠木正勝の姿があった。
思わず剣に右手をかけると、正勝から制止された。
「あわてるでない。町中ぞ」
確かにそのとおりである。見れば正勝も暮露の姿で、腰刀しか差していない。
どうやら富小路通りのようである。まっすぐ行くと畠山駿河守の邸がある。藤四郎は我知らず駿河守の邸を目指していたようだ。
「われに何の用だ?」
慎重に辺りを見回して、藤四郎が問うと、
「挑むな。ちと話がしたかったのだ。ついてこい」
そう言って、正勝は先に歩きだした。
正勝は暮露という半僧半俗の集団の頭である。暮露とは〈ぼろぼろ〉ともいい、一説には、ぼろんぼろん、と唱えながら集団で行動したことにちなむともいう。
いつ頃から現れたのか定かではないが、元寇後に無足の御家人が、食うに困って流入することが多かった。
彼らは武芸に長じ、非道な寺社との戦いを通じて組織化し、頭をいただくことになる。
楠木氏と暮露のつながりは古くない。正勝の父つまり先代の正勝が、暮露の頭となってからである。
先代の正勝は、出家して〈虚無〉と名乗った。暮露が虚無僧の祖先といわれる由縁である。
生まれながらにして、今の正勝は暮露の頭だった。先代の正勝の頃から、かつての南朝の末裔が多く流入している。
そのため、当然のことながら暮露たちは、南朝再興を目指していた。正勝はその急先鋒である。楠木の血がそうさせているのだろう。
だが、南北朝が合一してからすでに三十年以上の時が経っている。南朝復興を目指し、後南朝と呼ばれる彼らの行動は、沈む夕日のように衰亡の一途であった。
藤四郎としても後南朝に対しては同情がある。力になりたいと思うこともあった。
だが正勝は、目的のためなら手段を選ばないところがあるらしい。まだ三十前後の歳だが、老獪な策を弄び、油断のならない人物でもあるという。
鎌倉で師念道から、
――用心を怠らず、くれぐれも乗じられぬようにせい
と、注意を受けていた。藤四郎も決して心を許すまいと思っている。
藤四郎は辺りに気を配った。正勝の他に藤四郎を注視する気配は感じられなかった。
そうと分かると藤四郎は、逡巡することなくその後に従った。蝉丸社で一阿派の者に囲まれたときに正勝の姿を見ている。なぜそこに居たのかも訊いてみたい。
正勝の案内したところは等持寺であった。
等持寺は、室町将軍家の菩提寺として、二条通りから三条坊門通りまでに及ぶ広大な敷地を有している。
門を入ると正勝は、奥に向かってずんずん歩いていく。
やがて雑木の植わった一角に出た。ここまで来ると、参詣の道に外れているのだろう、人の通りはほとんどない。
「こなたは何故に国阿派の肩を持つ」
正勝の問いは直截だった。
余計なことを聞かず、いきなり本題に入ったのである。気が短いというよりも、藤四郎とは、その方が話しやすいと思ったのだろう。
「ぬしは何故に一阿派に連なるのだ」
当然、藤四郎もそう聞かずにはいられなかった。
藤四郎は若さもあるが、元来気が長い方ではない。
「わしは浄阿弥どのの弟子なのだ」
それは藤四郎にとって意外な返事だった。まさか正勝が、浄阿弥の弟子だったとは。当然、時衆では無く兵法の方だろう。
「ただし、先代の浄阿弥どのだがな」
金蓮寺の住持は、代々浄阿弥を名乗る決まりがあるらしい。今の浄阿弥は、四代目になるという。
ということは、正勝と四代目浄阿弥は、一阿派の相弟子ということになる。
「浄阿弥どのは、念大どのの弟子でもある。念流が敵味方に分かれて争ってもよいのか」
一瞬、藤四郎の口が歪んだ。
痛いところである。成り行きとはいえ、藤四郎は、師伯たちと敵対してしまった。
「答えられまい。巻き込まれた、と思っているのだろう」
正勝の言葉は、吹き渡る比叡颪のように冷たい。
「それが吉祥女の狙いだとしたら何とする」
「吉祥女の狙いと言うか。何のために」
藤四郎は聞き返していた。正勝の言わんとしていることが理解できない。
「考えてもみよ。なにゆえにこなたを食客になどしたか」
「では、綾絹どのは、それがしを念流の剣士と知って邸に伴ったというのか」
正勝が大きく首を縦に振った。
四条の大橋で突然に御簾が捲れ、犬神人の打ち壊しを止めようとして闘争になる。そこを綾絹に助けられた。偶然といえば、あまりに偶然すぎるかもしれない。
藤四郎も不審に思っていたのである。正勝の強い肯定は、正しくそのことを物語っているといって良い。
だが、仮にそうだとしても、綾絹の目的が分からない。
「そのことによって、綾絹どのに何の益がある」
念流が分裂することと国阿派との関わりはないはずである。だが、剣阿弥の護衛のためだけに藤四郎を助けたとも思われない。
「分からぬか」
正勝は憐れむように言った。
「念流の族滅よ」
まさか、と藤四郎は思った。仮にそうだとしても、綾絹が念流を滅ぼそうという意図が分からない。
藤四郎は、正勝の言に何か別の思惑があるのではないかと思った。
「疑うか。ならば五条東洞院の傾城屋に行ってみるがよい」
「傾城屋とは何だ。なぜ、そんなところへ行かねばならぬ?」
正勝の言うことはさっぱりわからない。
「傾城屋を知らぬか。生真面目なことよ」
再び正勝は、憐れむような目をした。
「傾城屋とは遊女宿のことよ」
吐き捨てるように言うと、
「道のりも分からぬであろう。高倉通りを真っ直ぐに下って、五条の通りにぶつかったら右に曲がれば良い」
と、教えてくれたが、その顔には嘲りの笑いがあった。
京の町は、通りが縦横に走っていて、碁盤目状になっている。その枡の中に建物があるのだ。五条通りと東洞院通りのぶつかる枡目の中に傾城屋があるということなのだろう。
目を彼方にやった正勝は、
「むっ。まずい」
突然、笑みを引っ込めて、
「さらば。縁があればまた会おう」
脱兎の如く駆けだしていた。
あっというまに境内を抜け、寺の築地を越えて、藤四郎の視界から消えた。見事な跳躍術である。
入れ替わりに一人の山法師が現れた。黒の僧衣に白の袴、脛巾を巻き、腰に太刀、手に薙刀を持っている。僧衣の下には腹巻を着しているようだ。
だが、寡頭といって、白い布で顔は包んではいない。おそらくその顔を見て正勝は姿を隠したのだろう。
年齢の頃は三十くらいであろうか。面長の顔に、鼻梁は高めだが、目が細く長く、左右につり上がっている。やや痩せぎすの体躯のため、手にした薙刀が重そうに見える。
後ろに二人の山法師が従っていた。
「逃げられたか」
その法師は舌打ちしつつ、
「こなたは何者だ。楠木正勝の一味か?」
激しく誰何してきた。
(続く)
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