第二章 二人の女

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   二 「いや。そのような間柄ではない」  藤四郎は直ぐに否定したが、 「何事かを親しそうに話し込んでいたように見えた。このような人気のないところで。密談か?」  きめつけるような口調である。 「御坊は何者か。当寺の役僧であられるか?」  藤四郎はややむっとして、逆に問い返した。 「怪しき奴。問答は無用のようだ」  言いざま、手にした薙刀を振るってきた。重さを苦にしている感じではない。痩せているとはいえ膂力はあるのだろう。 「危ない。気短なことをなされるな」  さっと身を翻して、藤四郎が制止しようとすると、 「ほう。少しは腕に覚えがあるか」  法師は耳も貸さず、さらに薙刀を振るってきた。 「山法師は、乱暴と噂に高いが、真のようだな」  藤四郎も避けているばかりでは埒があかないと判断して、 「お相手しよう」  すらりと手にした剣を抜いた。藤四郎は太刀に比べて軽い、打刀と呼ばれる剣を使う。 「おお。太刀なら拙僧にも覚えがある」  法師は従っていた一人に薙刀を預けると、 「こなたたちは、手を出すなよ」  言い置いて、自らも腰の佩刀を抜いた。こちらは太刀である。刃の長さだけで二尺は優にありそうだ。  抜きざま、いきなり藤四郎に斬ってかかった。  その太刀をはずして藤四郎は、そのまま横に飛ぶ。初めての相手でもあり、間合いを確保して、腕前を測ろうと考えたのだ。  だが、法師は藤四郎の思惑を読んでいるのか、そのわずかの余裕を与えてくれない。次から次に太刀が繰り出されてくる。  せかせかしたような太刀の攻撃に藤四郎は受けるのが精一杯だった。  性格的なものだと思っていた法師の太刀は、やがて技の一つだと思われてきた。  一連の流れがあるのである。その流れが終わると、また始めの流れに戻る、という感じだった。  ならば、その流れが終わって次の流れに移るときに仕掛ければ良いのだが、頭では分かっていても、なかなか付け入る隙がない。それほどに見事な法師の連続技であった。 (京流の技だろうか?)  藤四郎は知らなかったが、法師の技は京流の技をさらに改良したものである。一つの流れが終わって次の流れに移るときの間を迅速にするための工夫がそれである。 「見たか、我が月次(つきなみ)の太刀を」  月は新月から膨らみ三日月、半月を経て望月(満月)に至る。望月はすぐに欠け始め、半月から三日月を経て新月に至る。それを自らの技の名前に応用したものであろう。 「ううむ。強い……」  藤四郎の呟きに法師が、ふっと笑ったように見えた。  互いに真剣である。負けは死を意味する。藤四郎は、このまま果てることに言いようのない理不尽なものを感じていた。 (いま戦っている山法師の名前すら知らないではないか)  いったん手を引いて、名乗りを上げたいと強烈に思った。とはいいながらも、藤四郎は山法師の連続技を防ぐことに手一杯で声をかけるゆとりがない。 「境内で刀槍沙汰はおやめなされ」  枯れた声だったが、冷気を破るような鋭い声が響いた。  山法師の太刀が止まった。 「満済僧正のようでござりまする」  従僧の一人が、さっと寄って耳打ちするのが聞こえた。  その言葉を聞いた山法師は、 「楠木の族類よ。決着は次のおりにつけようぞ」  そう言い残して、直ちに二人の従僧を促して立ち去ってしまった。 「楠木の族類ではない」  藤四郎は、去りゆく山法師の背に投げて、強い言葉を浴びせた。  やがて、枯れた声の僧侶が、ゆっくりとした足取りで近づいて来た。 「境内を荒らして申し訳もござりませぬ」  剣を収めて、藤四郎は詫びた。 「どうやら無理矢理に太刀合わせを挑まれたご様子」  枯れた声の僧侶は、穏やかに応えた。  黄金色の道衣に金襴の袈裟を掛けている。頭巾を被った姿は、明らかにやんごとなき高僧のようである。手に払子を持っていた。  年齢の頃は、四十くらいであろうか。背後に二人の若い僧侶が従っている。  藤四郎が敬意を表して名乗ろうとすると、 「あいや。それには及びませぬ」  やんわりと断られてしまった。 「それに、先ほど太刀合っていた法師の名も聞かないでいただきたい」  とすると、この高僧も先ほどの山法師を知っていることになる。  敵対する相手方としてだろうか、と思ったが、高僧の口ぶりには、微かだが畏むような響きが混じっていた。 「お気をつけてお帰りなされ」  僧侶は最後にそう言って従僧を促すと、ゆっくりと踵を返して歩き出していた。  藤四郎はその後ろ姿に向かって丁重に礼を述べた。  世の中は広い、とつくづく思う。僧侶は、声をかけてからずっと一部の隙もなかったのである。  否、むしろ藤四郎や先ほど戦った山法師たちが、立ち向かおうとしても、それを許さぬ無言の威厳が秘められていた。  果たして兵法人であるかどうかは分からない。だが、それこそ長い修行によって培われた人格、風貌というものであろう。  藤四郎は総門を出て、くるりと身を返すと、改めて境内を見た。  門の上部に、 〈等持寺〉  と書いた額が入っている。  手を合わせて一礼してから、再び身を返して、ゆっくりと歩き出した。 「さて。五条東洞院の傾城屋に何があるというのか」  藤四郎は楠木正勝の言葉を思い出した。  わざわざ向こうから姿を現して告げたのである。必ず何か理由があるはずなのだ。だが、罠かも知れない、という警戒感が無いわけではない。  しばし逡巡した後、藤四郎は意を決した。行こうか行くまいか、迷ったら行く方にかけるのが、藤四郎の信条である。  決したら、すぐに行動に移す。  五条東洞院に向かって、藤四郎は歩きだしていた。 (続く)
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