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翌日も、ぼくは町へ出た。同じルートを辿っていくと、あの場所へと出た。裸足の彼は昨日と同じ状態だった。そのうち、電柱と同化しそうだ。
「また来たの?」
少女の声だ。彼女も昨日と変わらない。手の中が空になったくらいだ。
「一人なら、ぼくらと一緒にいた方がいい」
少女がぐるりと目玉を回す。
「そうね。それで、あなたたちの手助けをする。善きサマリア人のように」
「どういう意味?」
「私はあなたたちとは違うという意味」
「きみは感染していないだろ?」
「誰もしていないよ。私はこの町に住んでいた。彼らと一緒に。彼らが私にとっては隣人だった」
ぼくらの間で、『彼』は昨日と同じく沈黙を守っている。ぼくには少女の言っていることが分からない。分かりたくもない。
耳を塞いだ手を突き抜けて「その靴、あなたには立派すぎて似合ってない」という声がぶつかった。いつの間にか閉じていた目を開けると、少女はもういなくなっていた。
あたりまえを奪わないで。
ぼくは重い足取りで見回りを続けた。止まってはいけない。置いてきた心に追いつかれてしまうから。
宿舎に戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。どうやらブーツの容態が思わしくないらしい。
友人が話してくれた。死んだら部屋ごと焼き捨てろと。上官がそう言ったと。ここでは戦場のように置いてくることはできないからだと。
「ありえない。だったら」
「だったら何だよ?」
口を噤む。少女が小鳥を埋めていた姿が、ぼくの頭の中でぐるぐると回っている。本当は保管なんかじゃないということに気づいている自分がいる。
「なんでもない」
「それより、今日の夜は全員で捜索にあたるってよ」
「捜索?」
廊下の奥から風に乗って流れてきた匂いに、友人は顔をしかめる。
「女を見たってやつがいる。生存者がいるかもしれない。上官が連れてこいって」
「いるわけないだろ。何度も見回った」
「でも行くしかない。それとも、代わりに上官の相手をするのか? 俺はもうごめんだ。お前もだろ?」
去っていく友人たちの背中を見送りながら、ぼくは呆然と立ち尽くした。考えても考えても、出口が見えない。ぼくはブーツの元へと向かった。部屋の前にバケツが置かれている。廃車から運んできたガソリンだ。頭を抱えるしかなかった。
「ブーツ、ぼくだ。調子はどう?」
ブーツから返事はない。予想も覚悟もできていたはずなのに、涙がでてきてくれない。でも、いいんだ。あとから追いつかせればいい。
「ブーツ、ぼくはきみを信じたい。でも、もうだめかもしれない。だから、最後に賭けてみるよ」
ブーツの表情は穏やかだった。強くて、頼りになる顔だ。いつものきみだ。
「約束は守る。靴はもらうよ。きみの最後の頼みだった。ただ、ぼくはもう他人の靴を履くのをやめるよ」
ブーツの足から靴を脱がせる。ガソリン? そんなもの使うもんか。死んだ小鳥は土に埋める。そう、彼女は弔っていたんだ。ぼくたちの忘れていたあたりまえのことをしていた。ぼくはブーツを弔うために靴を脱がせた。
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