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あたし雪のないところに引っ越すの、と幼馴染みの大也に言った時にも、あたしたちの周りには雪が降り積もっていた。
高いビルなんかどこにも見あたらない田舎の町は、すべてが雪に埋め尽くされている。
大也はあたしの突然の言葉に驚いたようで、白い息をただ吐くだけで、しばらく何も答えなかった。
小さな頃からそばにいた幼馴染み。けれど、高校からはまるで違う場所で暮らすことになる。
大也の背後にある、見飽きた白いばかりの雪景色を眺める。雪かきもしんどくてほんとうに嫌いだった。雪を綺麗だなんて思えるのは、雪に日常を侵食されることのない場所に住んでいるような人たちだけだ。
何年もそばにいてすっかり見慣れた――そう、そばにいることが当たり前すぎた大也とも、離れることになる。
「転勤?」
と、ようやく大也が口を開く。馬鹿だなぁ。会社勤めをしているわけでもないあたしのお父さんに転勤なんてあるはずもないのに。
「離婚だよ」
あたしも短く、そうとだけ答える。お母さんはもとは都会の人だった。お父さんと結婚して、この北の街までやって来たのだ。あたしはお母さんに付いていくことになった。
「優奈、どこに行くんだ?」
この声とこの唇で名前を呼んでもらえることもなくなってしまうな、と、あたしは大也の口の動きを眺めた。
「東京に行くの」
「そうか」
話している間にも、雪はどんどん降ってあたしたちを白く塗りつぶしていく。体温は容赦なく奪われていくから外で長話もできやしない。もう行かないと。
「……それじゃあね」
好きな人と離れ離れになるというのに、あたしの口からはそんなさよならの言葉しか出てこなかった。
兄弟のようにそばにいたから、そっけなさしか言葉に纏わせてあげられない。離れたくないの、そばにいたい、なんてドラマみたいな台詞はとても言えない。
ざく、と足を踏み出してしばらくしてから、後ろで大也が叫んだ。
「雪だるま!」
「え?」
「雪だるま、送るから!」
二人で作って並べた小さな雪だるま。ほんの小さい頃の思い出が過ぎった。
「い、いらないよぉ!」
あたしは戸惑いながら答える。
「雪、見たくなるかもしれないだろ。だから、雪、見せてやるから」
「……いらないよぉ」
不意に寂しさが込み上げてくる。泣いてしまう前に、去ってしまいたい。あたしから流れ出していく甘やかな感情なんて、悟られたくない。
「三年したら、俺もそっちの大学受験するから! だから――」
だから、の次を期待して、あたしは振り返ったまま大也の言葉を待つ。
だけど結局、その言葉の続きを大也が口にすることはなかった。強い風が雪を二人の体にぶつけてきて、あたしたちはお互いに黙りこくったまま、逃げるように離れ離れになった。
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