彼は変わり者

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「おはようー……うぅ、さむっ」  弱々しい挨拶をしながら部室の戸を開ける。 「わー! ユキナ早く閉めて!」 「あ! う、うんっ!」  あたしが開けた扉から、外の刺すような冷たい風が部室に入り込んでいく。部屋の中ですっかり油断していた部員たちが悲鳴を上げた。  部室には暖房などはない。みんなで肩を寄せ合って寒さに耐えるしかないのだ。  すでに準備を終えているナオとシズカは部室から出る気配がない。  バドミントン部のあたし達の部室は、何故か体育館から一番遠い位置にある。校舎には近くて便利だが、体育館まで距離があると、あの寒さの中を歩いて体育館まで移動するのに最低三分はかかる。走ったとしても一分半。どんなに急いだって、この寒さには敵わない。  意を決して、ナオとシズカは先に部室を出て行った。外からはキャーキャーと絶望にも似た悲鳴が聞こえてくる。  さっきまでその寒さの中にいたはずなのに、風をしのげる部室の中にほんの数分いただけで、もう外に出たくない気持ちになっている。  さっきまでの二人の気持ちが分かりすぎる。  あたしもようやく荷物を下ろして、ジャージに着替え始めた。 「ねぇ、この寒い中コートも着ないで歩いてる男子見かけたんだけど、ヤバくない?」  隣で準備をするアイに声をかけた。 「あ、知ってる! それたぶん野球部じゃない?」 「え、野球部ってコート着ちゃダメなの?」  まさか……と、あたしは動きを止めて聞く。 「いや、野球部って言うか、コート着てないのは、ガクくんだけだと思うけど……」 「……ガク……?」 「うん。B組の野田ガク」 「……B組」  あたしはC組だから、隣の教室か。  ってか、あの人同級生なのか。 「え? ガクくんがどうしたの?」 「コート着てないって話」 「ああ!」  納得するような返事をするアサミに、あたしは彼がコートを着ない人で有名なことを知った。別にだからと言って、それをとやかく言うことはしないけれど…… 「見てるこっちが寒いよね?」 「マジ、それ!」 「ぜんっぜん寒そうにして歩いてるわけじゃないんだけどね。見てる方はなんかあれだよね、こっちの気持ち考えて欲しいよね」 「ほんとだよー! 毎回あれ見ると体感マイナス五度は下がるわ」 「それ、凍るでしょ!」  あはははと笑いが部室内に響いて、部屋の温度は上昇する。 「この雪、いつまで降るんだろうー、もう三月なるよ? 暦の上ではとっくに春じゃないの? あったかくなってよ」 「春といえばさー、春休みにお花見しよーよ!」 「いや、これ春休み中に桜咲く? 無理じゃない?」 「無理か……」  一気に盛り下がって、部屋の中の温度まで下がり始める。 「とりあえず、体育館行くか」 「腹、括るか」  おしくらまんじゅう状態で入口に集合すると、ドアを開けて一斉に飛び出した。  悲鳴は舞い上がる吹雪にかき消されて飛んでゆく。  その後も、ガクくんは大雪が降ろうが、吹雪だろうが、冬の間ずっとえんじ色のマフラー一つで登下校をしていた。
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