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誕生日 1話
「特別なモノは、何もいらない」
左京には、前もってそう伝えていた。
「でも、せっかくの誕生日だし」
渋る左京に、蘭は苦笑して答える。
「いいよ。もう30過ぎてるんだし、子供じゃないんだから」
「だけど蘭は、俺の誕生日に手料理ふるまってくれただろ?」
「あ、あれは、……当日、左京さんに会えなかったから」
そもそも、左京とはまだ付き合ってもいなかった。
蘭がそう言うと、左京がムッとした顔になる。
「付き合ってない時はいいのに、結婚したらダメって、どういうこと?」
「ダメとは言ってないだろ?」
蘭は、どう左京を納得させようか、考える。
「べつに、そんな気合入れてプレゼント用意するとか、しなくてもいいってことだよ」
「蘭。俺のこと、結婚したら何もしないダメな男だと思ってる?」
左京がますます拗ねた顔になり、蘭は困ってしまった。
「そういうわけじゃないけど……」
下手に頷いてしまうと、とんでもないプレゼントを渡されそうで怖い。
思い返すのは、前回のデートでの出来事だ。
左京の車でドライブに行った時に、久しぶりに運転して楽しかった。
それを察した左京が、軽い口調で「車、買ってあげようか?」と言ってきたのだ。
もちろん、冗談でなく、本気である。
蘭は丁重に断ったが、誕生日ともなれば、それを口実にとんでもないものを贈ってきそうで怖い。
それを回避すべく、蘭は慎重に言葉を選んだ。
「左京さんには、物足りなく感じるかもしれないけど。オレは左京さんと一日ずっと一緒にいられるだけで、十分に幸せだし、嬉しいよ」
左京の手を取って、微笑む。
本心からの言葉だった。
だが、左京は蘭の手を握りしめると、真面目な顔で宣言する。
「結婚したんだから、俺には蘭の誕生日を祝う権利がある!」
たしかに、権利はあるだろう。
祝いたい、という気持ちを無下にするのも、忍びない。
不安はあるものの、左京の気持ちは嬉しかった。
「まあ……派手なことをしなければ、いいけど」
蘭が根負けしてうなずくと、左京は笑顔でガッツポーズをした。
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