誕生日 3話

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誕生日 3話

2月29日の朝。 目が覚めると、左京が側にいて、 「誕生日おめでとう」 満面の笑みで、祝いの言葉をくれる。 「……ありがと」 左京が先に起きてるなんて珍しい。 そんなことを思いながら起きると、すでに左京は着替えを済ませていた。 「早起きだね、左京さん」 「蘭の誕生日だし、今日から温泉旅行だろ?」 蘭は、三日間の休みを取るために、昨日は夜遅くまで働いていた。 だから、いつもより起きるのが遅くなったのだ。 「蘭。朝ごはん食べたら、出発しよう」 「うん」 ベッドから降りると、眠気もすっきりしてきた。 隣で待ってくれていた左京が、蘭の腰を抱き寄せる。 「蘭」 「ん?」 顔をあげると、ちゅっとキスされる。 「蘭。今日は楽しみにしてて」 自信満々に言う姿が、可愛い。 蘭は笑みを浮かべて、左京に抱きついた。 「うん。楽しみにしてる」 + + + 朝食を終え、着替えを済ませると、さっそく出発することにした。 各部屋の戸締りを確認して、家を出る。 春の気配も近づいてきて、だいぶ暖かい時期だ。 蘭はお気に入りのニットカーディガンに、スキニージーンズを合わせた格好で、左京はカジュアルスーツを着ていた。 「あ、それ最初のデートの時に着てたやつだ」 左京がすぐに気づいて、嬉しそうな顔をした。 「左京さん、よく覚えてんね」 「もちろん。蘭の私服を見たの初めてだったし、すげぇ可愛いと思ったから」 「ッ……もう」 可愛い、と笑顔で言ってくるので、恥ずかしい。 今日で34歳になるのに、何を言ってるんだか。 「左京さんこそ、そのフィンデルのジャケット、最初の時に着てたやつじゃん」 お見合いの時に着てきた、黒のフィンデルのジャケットだ。 左京が頬を緩めて、蘭を見つめた。 「覚えててくれたんだ」 「そりゃ、カッコよかったし」 カジュアルスーツだったけど、すごくカッコよくて、見惚れていた。 あれで、完全に恋に落ちたようなものだ。 あの日のように、左京はヴェルトスの青い盤面の腕時計と、定番のネックレスをつけていた。 本当にいつ見ても素敵だ。 「左京さん、今日もカッコいいね」 「ありがとう。蘭も可愛いよ」 また可愛いと言われて、頬が熱くなる。 文句を言おうとしたが、その前に駐車場に着いた。 左京の黒いスポーツカーは、洗車したばかりなのか、車体は新車のようにきれいだ。 この前、蘭が借りて乗ったときは、これほどピカピカじゃなかったので、洗車してきたのだろう。 左京はスーツケースを後ろのトランクに積み、運転席に乗り込む。 蘭も後部座席に小さいバッグを置くと、助手席に座って、シートベルトを締めた。 車のエンジンがかかり、左京が蘭をふり向く。 「じゃ、行こうか」 「うん。途中で運転交代できるから、いつでも言って」 「ありがと」 左京は嬉しそうな顔で、顔を近づけると、ちゅっとキスをした。 「も、左京さんっ!」 外でキスするのは慣れなくて、つい抗議する。 「誰も見てないって」 左京は気にした素振りもなく、平然と笑顔で言い返した。 いつもこうやって、隙を見てキスしてくるのだ。 人前ではさすがにしないけど、エレベーターや車の中は、よくキスをされる。 結婚して半年経つのに、左京の愛情やスキンシップは、日に日に増していくようだ。 まあ、嬉しいからいいけど。 左京と二人きりでドライブするのも、久しぶりだ。 せっかくの温泉旅行だし、思いきり楽しもう。 目的地に着くまで、蘭は左京とのおしゃべりに夢中になった。
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