過去 1

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「わたしがキミをずっと見てたから、だからキミはわたしが気になっただけ」 「お前のその傲慢さが不愉快」 わたし達は結局、それが最後のまともな会話になった。 まるで喧嘩別れのように。 彼とは高2で同じクラスになった。わたし達は2人とも同じ部活だけど男女の交流も会話も殆どなく知らないもの同士だった。彼のプレイが好きだった。間違いなくうまかったし見惚れた。でもクラスでの彼はコートのオーラを消した全くの別人で、わたしはその二面性に惹きつけられていた。自然と彼を目で追うようになった。夏になり部長になってからはますます、部活で個性の強すぎる面子をまとめる彼と、クラスでの物静かな彼とのギャップに、この両方を見ているのは私1人だという密やかな喜びに、はまりこんだ。 わたしが一方的に彼を見ていた、そんな関係だったはずなのに、いつしか彼もわたしを見ているような感覚に襲われるようになった。いつの間にかわたし達は異様に意識しあい、でも言葉は殆ど交わすことはないまま、ただすれ違う時でも、離れていても、何度も何度も目が合ってドギマギを繰り返した。 気のせいで済ませることができるドギマギばかりだったが、一度だけ、彼がわたしを意識していると確信できたことがある。その時彼ははっきりとわたしを見つめ、わたしも戸惑いつつも彼から目が逸らせなくなって、数秒間見つめ合った。全てがストップモーションになるような、瞬間何かのスイッチがはいったような特別な時間だった。そして、彼は前に向き直り机に突っ伏せた。わたしはひとり動揺した。 そんな視線が絡み合う積み重ねに何かを感じていながらも、でも何も伝えるつもりはなかった。付き合いたいとかはなくただ彼を見ていたいだけだったから。 卒業式の日はただ、もう彼を見れなくなるんだなという感慨だけだった。式が終わっても何も伝えるつもりもなく、ただ部室で他の友達を待っていた。いつも鍵を開ける子が遅くてわたしは女子の部室の前で手持ち無沙汰だった。と、他クラスの女子の話し声がして、部室の周りをうろうろとしながら誰かを待っている様子で、そのうち痺れを切らしたかわたしに声をかけてきた。 「◯くん呼んでもらえない?」 彼のことだった。断れなくて男子部室をノックし、顔を出した部員に彼を呼んでと頼み、さすがに居づらいのでそそくさと立ち去ろうとした。けど。 「おい、待てよ」 「いや。違うから。わたしじゃない」 「何それ。きつ」 卒業式の日にした会話はそれだけだった。でも翌朝彼から電話があり、わたし達はつきあうことになった。
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