あの日とそれから

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 それから数日後、光輝と陸は楽天モバイルパークに来ていた。東京に行く前に、最後の思い出としてここに行こうと思った。この日の楽天モバイルパークは閑散としていた。シーズンが始まり、試合が開催される時には多くの人がやってくるんだろうなと思うと、今シーズンが楽しみになってきた。  2人は観覧車からスタンドを見ていた。2人は知らないが、このスタジアムで楽天イーグルスが日本一になったんだと思うと、心が震えた。きっと多くの人が、日本シリーズの第7戦の9回に登板した田中将大の姿に感動したんだろうな。 「やっぱりイーグルスの本拠地は何度見てもすごいなー」 「僕は知らないけど、ここでマー君が伝説になったんだね」  今年の楽天イーグルスはどうなるんだろう。ファンである僕らの願いは、リーグ優勝、クライマックスシリーズ優勝、そして日本一だ。 「うん。あの時はすごかったんだろうな」 「今年はどんなシーズンを送るんだろうな」 「東京で温かく見守っているから」  と、高田は思った。これから離れ離れになるけど、夏休みには帰ってきてほしいな。そして、一緒に楽天イーグルスの試合を観戦しよう。 「また夏休みに帰ってきてね! そして一緒にイーグルスの試合を見ようよ」 「うん」  と、頭の中に、『あとひとつ』のPVを思い出した。思い浮かべると、田中将大が投げる姿を見たいと思った。 「またマー君の生の姿を見たいな」 「そうだね」  2人は空を見上げた。離れても、同じ空を見つめていると感じると、寂しくない。きっと空の向こうでつながっているはずだ。 「今日からしばらく会えないけど、いつまでも仲間だよ」 「うん」  赤崎は、両親から聞いた話を思い出した。 「お父さんお母さん、日本一になった時、隣の競技場から中継を見てたんだ」 「そうなんだ」  光輝は驚いた。まさか、赤崎の両親があの試合を隣の競技場から見ていたとは。自分の両親は見ていたんだろうか? そして、ともに感動を分かち合ったんだろうか? 「超満員で入れなかったので、ここでも試合経過が中継されたんだ。そこにも多くの人がいたんだ。で、お父さんお母さんも『あとひとつ』を歌ったな」  陸の両親は、『あとひとつ』が聞こえてきた時、一緒に歌ったそうだ。そして、日本一が決まった時、大粒の涙を流したそうだ。 「私、『あとひとつ』のCD、持ってるんだよ。だって、大好きなマー君がジャケットなんだもん」  陸は『あとひとつ』のCDを出した。そこには、楽天イーグルスのユニフォームと帽子をかぶった田中将大が描かれている。本当にジャケットが田中将大なんだ。光輝は胸が熱くなった。 「これが、そうなの?」 「うん。プロモーションビデオにマー君が出てたんだよ」 「そうなんだ」  東日本大震災から2年の時を超えて、楽天イーグルスはようやく応援してくれるファンに恩返しをする事ができた。そして、東日本大震災で傷ついた東北の人々を勇気づけた。 「そして日本一が決まった時、東北の人々にやっと恩返しができたんだなと思って、感動した。いつの間にか、周りの人がみんな泣いていて、雨がまるで涙雨のように降ってきて。本当に球史に残るエンディングだったなと思った」  そして田中将大はもうすぐ、日米200勝達成が間近に迫っている。もし達成したら、そのニュースを見たいな。 「どれだけ多くの被災者が勇気づけられたか、どれだけ多くの人に感動を与えたかと思うと、本当にすごい事だよね。また、あの時のように日本一になる事はあるのかな?」 「なるように応援しようよ!」  東京にいても、お互い楽天イーグルスを応援していこう。 「そうだね!」 「東京からでも声援は届くはず!」 「そうだそうだ!」  と、陸は思った。東京に行ったら、関東での楽天イーグルスの試合を見たいな。そして、応援したいな。 「お父さん、関東でイーグルスの試合があったら、行こうよ!」 「いいね!」  両親はその意見に賛成した。離れていても、東北が好き、楽天イーグルスが好きな事に変わりはない。一緒に観戦しよう。  彼らは観覧車から降りてきた。いよいよ仙台へ向かう時だ。別れの時が近づいてきた。そう思うと、少し寂しくなった。 「さぁ、行こう」 「うん」  彼らは仙石線に乗り、仙台に向かった。仙石線は松島へ向かうアクセスとして活躍している路線で、東北本線が交流電化なのに対して、仙石線は直流電化だ。平成12年に仙台から陸前原ノ町の先までが地下化になり、終点が仙台の1つ先のあおば通になった。楽天モバイルパークの最寄り駅、宮城野原駅は、2004年の楽天イーグルスの誕生に伴って、球場の最寄りの出入り口やそこへ通じる通路が楽天イーグルス使用になった。出入り口の上の楽天イーグルスのヘルメットが目を引く。  程なくして、電車は仙台駅へ着いた。仙台駅は仙台市の中心駅で、新幹線も乗り入れている。陸は新幹線に向かって東京へ行く。  新幹線の改札の前で、光輝は陸とその両親を見送っている。いよいよ別れの時だ。だが、本当の別れではない。夏休みにまた帰ってくるだろう。 「陸くん、東京でも頑張ってね!」 「うん!」  電光掲示板を見た。もうすぐ予約していたはやぶさが来る。そろそろ行かないと。 「東京に行っても、ずっと友達だよ」 「もちろんさ!」 「いよいよ出発だね」  3人は新幹線のホームに向かった。その様子を、光輝はじっと見ている。 「さよなら」 「さよなら」  陸は手を振った。と、そこには平成22年度の卒業生がいる。まさか、ここまで来たとは。 「あっ・・・」 「どうしたの?」  光輝は驚いた。どうしたんだろう。まさか、平成22年度の卒業生も見送りに来たんだろうか? 「あの子も見ている」 「本当?」  光輝は辺りを見渡した。するとそこには、平成22年度の卒業生もいる。きっと、陸を見送りに来たんだろうな。 「本当だ」 「東京でも頑張ってね!」  石橋は笑顔で見送っている。彼らのためにも、東京でも頑張らないと。 「東北で過ごした日々、忘れないでね」  陸と両親は、はやぶさに乗った。程なくして、発車メロディーの『青葉城恋唄』が流れる。いつもに比べて、それがどこか寂しく感じる。東北を離れるからだろう。 「さようならー」  その声に反応して、陸は車窓を見た。そこには平成22年度の卒業生がいる。それを見て、陸は手を振った。 「さようならー」  はやぶさは徐々にスピードを上げていき、仙台駅を後にした。そして、陸は東北を離れた。だけど、遠い空から、きっと平成22年度の卒業生が見守っている。彼らのためにも、力強く生きていかなければ。そして、東日本大震災の事を語り継いでいかなければ。経験はしていないけれど、それが僕に与えられた使命なのだから。
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