最後の雪合戦― it was the very last day of 500 days in high school

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 卒業式の日は麗らかだったのに。  3日後に設けられたID返却に諸事情で来られなかった面々が久々に学校に集ったのは、それからさらに一週間、つまり、卒業式から10日後のことだった。1、2年生の終了式は一昨日で、それ以降降り続いたこの季節には珍しい大雪に、校庭は一面真っ白になっていた。 *(あらた)** 「うおおおお!! 雪! ゆきぃ~!!」  積雪が珍しくない地方とはいえ、一面新雪の光景には、いつもテンション爆上りになる。それは、俺が10年前に雪の少ない街から越してきた身だからか。それとも、春にはこの地を去って元居た街に戻るからか。そんなことを考えつつ、我ながらとても成人とは思えない叫びを上げながら俺は校庭に走り出した。 「鮮、お前なあ、こどもかよ(笑)」  追いかけてきた真が笑いながら言う。お前だって、ガキじゃん。そう言い返そうとしたら、いきなり雪玉をぶつけられた。真の笑い声が高らかに響く。振り向くと、皆がこちらに突進してきていた。 *(しん)**  幼稚園児のようなハイテンションで(マジで18とは思えない)、雄叫びを上げてふかふかの雪に覆われた校庭に走り出した10年来の親友。なおも降り続ける雪の中に溶け込みそうな背中に心細くなって、慌てて追いかけた。  煽るようなガキ扱いの言葉を投げかけながら、雪玉を作ってぶん投げた。  ストライク! それは鮮の頭に直撃し、俺は笑いが停められなくなった。  パシャン! 笑う俺の顔に、かなり大きな雪玉がぶつかる。慌てて雪玉が飛んで来た方を見ると、笑い転げる澪と麗がいた。 *(みお)**  鮮が雪が降りしきる校庭に走り出して、真がそれに続く。その姿を驚きのまま見ていたら皆がわッと後に続いて、一瞬の躊躇の後、自分も走り出すことにした。 「ねえ、澪、服が濡れちゃうって。やばくね?」  そう語りかけてくる麗も、気懸りを口にしながらもめっちゃ笑顔で臨戦態勢。  麗の雪玉をもろに受けた真が、仕返しだ! 倍返しだ! と叫んで、雪玉を矢継ぎ早に投げてくる。自分にぶつかるのには一向に構わず、私のほうに飛んでくる雪玉を叩き落として、やったな! 倍返しの倍返しだ! と叫びながら真に向かっていく。カオス(笑)  …一見怖そうな感じの彼女は、実はとても優しい(言えば「んなことないし」って言うだろうけど)。どんくさい私を、ずっと庇ってくれる。今みたいに、ごくさりげなく。でも、麗は遠くの街に行く。叶えたい夢があって、その勉強ができる学校に行く。私は、笑って送り出す、つもり。もうこんな機会もないんだろうな、と不意に思って足が止まった。 *(うらら)**  雪玉を作って、誰彼となくぶつけ合って、ぶつかり合った相手には襟首に雪を入れて―。  笑って笑って、息が切れるまで走って足を取られて転がって、雪と戯れた。こんなに雪で遊んだのって、いつぶりだっけ? 中学の頃はこんなのガキっぽいってつっぱってたから、小学生以来かな? …あの年ごろの自分が、今では信じられない。家族とも口をきかないで、自分一人で生きているようなつもりでいた。家族が、突然バラバラになるまでは。  もうすぐこの場所ともお別れで、“新しい母さん”ともお別れで。新生活が楽しみでしかたがないよ。少しだけ、ほんの少しだけ、寂しい気持ちもあるけどね、それは、誰にも言わない。 *(たく)**  雪にまみれて笑う彼女を見ている。どんより曇った風景の中、そこだけふわりと眩しい気がする。  僕は、他人が恐い。なんで? って言われると困るんだけど、小さいころからずっとそう。誰かが話していると、自分のことかも、と思って心が萎縮する。だから1年の時、2ヵ月学校に来れなかった。やっとの思いで教室の前まで行ったのに中に入れないでいたら、後ろから背中を叩かれた。ドキリとして振り向くと、 「おはよう! 今日から文化祭の話し合いするんだ、行こ!」  そう言いながら彼女は僕の背を押し教室に入った。あ、おはよ、明るい女子の声が重なる。男子は、おう、とか、おは、だけ。何事もなかったかのように、皆自然に受け入れてくれて。 「ナイスタイミング! 全員揃ったよ。澪、体調悪くてここんとこ休んでたし」  六花がそう言うと、次々と同意の声が上がった。そうだ、あのとき。誰一人、澪を気遣う言葉は言っても、僕の登校について触れることはなかった。  その日から、休むことなく今日まで、僕はここに通い続けて来たんだ。 *立夏(りっか)**  雪の中で戯れながら、ふと思った。 「六花(りっか)、元気かな」 「え? なに?」  思いは口をついて出ていたようで、隣にいた響が振り返った。 「六花の名前って、雪って意味じゃない? だから思い出したっていうか」 そう言うと、響は、ああ、と頷いた。 「立夏、仲良かったよね。同じ名前だって」 「そうそう、文化祭で、ダブルRってバンドやったんだよね」 「そうだ、かっこよかったよ、あれ」  雪って名前なのに、六花は何ごとにも熱い子で。文化祭をきっかけにドはまりした音楽を真剣にやるんだと言って、1年とちょっと前に、海外に渡って行った。大成するまで連絡しないよって。今もなお、連絡はない。 「あいつは、元気でやってると思うよ。諦め悪いから絶対大成するって」 「そうだね…」  空を仰ぐ。灰色の空。一緒に行こうよって言われたんだ、内緒だけど。けど、そんな自信は到底無くて、ここに残ることを選んだ。一緒に行く道を選んでいたら、今ごろどこで何をしていただろう。この目には、なにが映っていたんだろう。 *(ひびき)**  立夏の言葉に、もう一人の六花のことを思い出した。何事にもまっすぐな、クラスメイト。何の迷いもなく、この場所を飛び出していった。  自分もこの春、ここを出る。大好きだけれど、ここにいては教師になる夢は実現できないから。ここから出たくて飛び出した六花と、しかたなく出て行く自分。内実はあまりに違う。平凡だよな、夢も、想いも。比べることじゃないとわかっているけど、つい思ってしまう。  5年後、自分はどこで何をしているだろう―? ***  このバカ騒ぎを終えたら、ここでの生活が、本当に終わる。そんな思いを誰もが共有していたんだろう。皆、なかなかやめようとしない。だけど、さすがに限界は訪れる。辺りが薄暗くなってきて、ついに体力が尽きた。  グラウンドの端までふらふらと歩いて行って、まだ踏み荒らされていない雪の中にダイブする。次々と全員が倒れ込む。火照った体に、冷たいはずの雪がひんやりと心地よい。そうして黙って、灰色の空から不規則に落ち続ける雪を見ていた。吐く息が、その白に溶け込んでいく。  ひとしきりの沈黙の後、ため息のような声が漏れた。 「すっげぇ疲れた」 「マジ、ガキかよって感じだったな」 「ほんとだよ。みんなはもう成人でしょうが(笑)」 「あんただって、来週になったら成人でしょ(笑)」 「まだ、ぎり、17だもん」 「僕も17歳と14ヵ月!」 「いいね、永遠のセブンティーン! なら私は、17歳と21ヵ月か」  どうでもいいことを言い、笑い合う。ああ、これで最後なんだという思いが再び、胸の内にじわじわと押し寄せる。 「500日」 「え?」 「この3年間で、学校に来た日数がだいたい500日だなって」 「へえ、そんなもんなんだ?」  もっとずっと多いと思っていた、と誰かが言い、同意の声が上がる。 「すごい長い時間だよな」 「そう? 全部で1年半くらいじゃん?」 「でもさ、この先、同窓会とかを、すっごいがんばって年5回やったとして」  そんなにできないと思うけど、仮にね、との前置きに、皆が、うん、と応える。 「年5回集まれたとしても、この500日と同じ時間を過ごすには、100年かかる」 「!!」  そうか、それだけの時間を、一緒に過ごしてきたのか。3年間の出来事が、脳裏を走る。あれもこれも、そう、二度と戻れない日々で。 しばし沈黙が落ちて、それから誰かがポツリと、楽しかったね、と言った。うん、楽しかった。あんまり考えたことなかったけれど、確かに楽しい時間だった。 ***  そんな風に感慨に耽っていると、窓が開く音がして、杜先生(もりせん)の声が響いた。 「お前ら、いい加減にしとけ! 風邪引くぞ!?」  ムード台無し、誰かが笑って、言葉を返す。 「だいじょうぶで~す」 「そうで~す、こいつはだいじょうぶ、何とかは風邪を引かない(笑)」 「なにぉお!」 「うっわ、やめろって、冷てえ!!」  名残惜しいんだよ、ほんと。だから、じゃれ合うのをやめられない。  卒業したら、違う街の学校に進む者、遠くで就職する者、この街に残る者―。 この先の道はばらばらだ。盆や正月に帰って来たとしても、この全員が揃うことは、まず無いだろう。  中学校の卒業式でした約束を思い出す。これで終わりじゃないよな、そうだよな、皆で、毎月集まろうぜ—。 誰もが賛同したその約束は、3回、守られた。高校最初の夏休みになって途切れ、その後2回、数ヵ月の間をおいて開催されて。2年になる春休みに集まったのが最後になった。  そうだよな、と思う。今ならわかる。新しいそれぞれの生活があって、新しい人間関係があって。いつまでも、昔の友だちとだけつるむのは無理だ。 「子どもだったよな」 「誰が?」 「俺、いや、俺たち。毎月集まろうってさ」  同中だったあいつも、同じ約束を思い出したんだろう、ああ、と短い応えが返ってきた。 *** 「中に入れ、ストーブで体を乾かしてから帰れよ」 「はーい」  再びの先生の声に、体が冷えて来た面々が応じる。こんな時はみんな素直(笑)  教員室には何度も呼び出された。その部屋に入るのも今日が最後。先生とも、もうあまり会うことは無いだろうな。…先生は、どのくらい、こうして生徒を見送ってきたんだろう? 学生時代に、同じようなことを考えたかな?  そうだよね、この日のことを、きっといつか自分も思い出す。雪が降るたびに、春が来るたびに。この、学校での、最後の1日のことを。 FiN
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