第二話 あの日、落としたもの。

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 先日のトラブル対応で出張することになった。  宿泊を伴う出張の為、念入りに準備をした。 「朝御飯用の食パン、よし。マーガリン、よし。イチゴジャム、よし。牛乳の賞味期限、よし。冷凍食品、よし」  指差し確認、大事だ。 「洗濯物、よし。ゴミ出し、よし。野良の勉強計画、よし。スマホの使い方、よし」  カレンダーの横の壁に、広告の裏紙に書いた野良の勉強計画表を貼った。  明日の朝食後、算数見開き三ページ。昼食前に国語見開き三ページ。寝る前に理科と社会を見開き一ページ。明後日もそんな感じ。丸つけは自分でするように! と書き足した。目標達成したら、シールを貼る欄がある。  スマホの使い方については、仕事の休み時間に簡単なフローチャートとA3一枚のマニュアルを作った。  フローチャートは、どんな時に俺に連絡するのか。事件事故の時は、警察や救急車に先に電話するように書いて、電話番号も添えた。  あと不安なことは、一人で眠れるのかと言うことくらいだ。防犯と。  一人で泣かないだろうか。寂しくならないだろうか。……いや、寂しくなるだろう。  野良は負の感情をあまり口から出さない。だから、先回りして対策してやりたいし、察してやりたいと思う。  寝室を覗く。ベッドの上で、規則的に動く布団。野良の小さな寝息が聞こえる。  野良を寝かしつけてからの最終確認だった。  明日から二日ほど不在にすることを告げても、野良は無表情で「わかった」と言うだけだったが、風呂の後は服の裾を掴んで来た。 (……やっぱ、連れていこうか……)  何度も頭を過った。その度、「いやいや、」と首を振る。  初めての長旅が出張なんて嫌だし、何より、仕事中にホテルに置いておくことも心配だ。出歩かれるともっと心配だ。慣れ親しんだ、俺の家に居てくれている方がいい。  作成したマニュアルには、テレビ電話の使い方と、メッセージの使い方、それから、連絡が取りにくい時間を書いている。かかって来る電話を待たずに、朝、昼、夕、晩、必ずこちらから電話を入れるつもりでもある。 (スマホは買って正解だったな)  野良が安心すると言うより、俺の安心の為にも。  ほら、エゴだ。  それから思い出して、スーツケースに二泊三日分の荷物を詰めた。一番大事なものが、スマホの充電器とモバイルバッテリーだ。  ふと思い立って、マニュアルの上部に千里のケータイ番号を書き足した。「俺に繋がらなかったら、こっちにかける。ハマサキセンリ、と言う男が出る」と小さく書き添えた。  プリントアウトした時はシンプルで余白のバランスの良かったマニュアルが、どんどん書き足しの文字で黒くなっていた。 (……「親バカ」と言うか、過保護だな)  千里に言われた言葉を思い出して、流石に苦笑した。  自分だって驚いてる。俺ってこんなに心配性だったのか、って。  準備万端。……なのをもう一度指差し確認して、野良の眠るベッドに入り込む。  無防備な寝顔に、癒される。頭を撫でて、額にキスをした。  父性。って、こんなに暖かなのか。  ひょっとしたら明日から、上手く寝付けないのは俺の方かもしれない。  なんて、思ったりもした。 ******
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