第二話 あの日、落としたもの。

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 二泊三日、俺からかける電話以外、野良から電話がかかってくることは無かった。  嬉しいような寂しいような、とは言わない。「寂しい」一択である。いや、野良の事だから、遠慮したのだろう。それも寂しい。  今回のクレームに関しては、結局、損害賠償を飲む形に収まったが、先方にも損失が認められた為、その額は元々提示されたよりも少額になり、双方が過失を認めたことによって思ったよりも穏便に解決した。  故に、帰りの新幹線の中では、もう野良の事で頭が一杯だった。  スマホのメッセージ画面を開く。 「今、帰りの新幹線に乗った」と言うメッセージは既読になり、野良が「了解!」と書かれているスタンプで返信していた。  特に動きの無いその画面を、何度も見てしまう。 「彼女ですか?」  同行していたメーカーの担当者がそう声をかけたのも、無理のない事だったと思う。 「いや、あの……」 「親戚の子ですよ。甥っ子。課長、溺愛してるんです」 「そうなんですねー。いや、わかりますよ。小さい頃から見てると、男だろうが女だろうが、可愛いですよねー」  千里の助け船に、メーカー担当者は頷いた。  ほっと胸を撫で下ろす。やっぱり、千里が味方だと心強い。  メーカー担当者と別れ、千里と二人でローカル線の駅へ向かう。ホームで電車を待っている間に、千里のスマホが震えた。 「誰だろ?」  千里は、スマホ画面を見て首を傾げた。なんとなく、野良かな? と思った。そんなわけないのに。  千里は通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。 「え、警察ですか? え? あ、はい。僕は濱崎ですけど……」  警察、と言うワードに俺も驚いて千里の顔を見る。千里も何がなんだかと言う顔をしている。 「え、男の子……保護…………あ、はい。その……」  そのワードでなんとなく内容を察した俺と、千里の目が合う。千里が困った顔をして、頷いた。 「はい。知人の親戚です。はい。今から向かいますが、生憎、県外出張からの帰宅中でして。後、一時間ほどかかります。ええ。ご迷惑お掛けします」  電話を切った千里は、一つ息を吐き、俺に向き直る。 「野良くん、警察に保護されたらしいです」 「どういう……?」  千里の受け答えからその予想はついていた。  でも、「保護される」にも沢山の可能性があるはずだ。  バクバクと、心臓が俺の胸を突き破りそうなくらいに忙しなく脈打つ。冷や汗が背筋や首筋を流れる。手足が冷たくて、唇が震えた。脳内を様々な不安が駆け巡る。 「………………」  千里は長い沈黙を持って、俺の瞳の奥まで覗き込む。  俺は一つ、頷いた。覚悟なんて決まっていない。けれど、聞かなくてはならない。 「…………成人男性とホテルに向かおうとしていたところを、保護したって」 「…………え? なんだよ、それ! 野良は、大丈夫だったのかっ?!」 「……それが、相手は自分が誘われたんだって言い張ってたらしくて……。兎に角、迎えに行かなくちゃです」  絶句した。
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