9人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
俺の名前は鷹島安曇。
「あつし」ではない。
「えっとー……」
生活感しか漂わない……ゴミや雑誌や脱ぎ散らかした服なんかで足の踏み場もない八畳程の畳の端と端で、俺達は腰を下ろした。
必死な形相で飛び出して来た少年は、俺が「あつし」ではないと分かるなり、瞳から光を失い、静かに奥の部屋の更に奥の畳の縁に腰を下ろして体育座りで身を固めた。
誰なんだ、この子は……。
様々な憶測が頭の中に飛び交う中、親友が最後に言っていた「野良」というワードが脳内にでかでかと存在を主張した。確かに、彼は「野良猫」とは言っていない。
え、もしかして、名前なんてことある……?
「……のら、くん……?」
「…………」
ぴくり、と猫なら耳を動かしただろう。少年は、肩を少しだけ揺らした。
少年が「のら」なら、「あつし」は今は亡き俺の親友の名前なのだろう。
飲み屋で出会った俺達は、改めた自己紹介なんてしなかった。交換したメッセージアプリのIDには「あっくん」と登録がされていた。いい歳こいたおじさんが「あっくん」って! と吹き出したあの日が懐かしい。彼は「あっくん」で、俺は「たかあづ」。それが、俺たちが認識していたお互いの名前だった。
「あのさ、」
少年は、「あつし」が死んだことを知っているのだろうか。
正座する膝のすぐ手前に落ちていた雑誌を端へ避け、その向こうに落ちていた服を畳んで、露になった色褪せた畳の上を正座のまま少しだけ前進すると、少年がより一層身を固くしたのがわかった。
少年の向こうには真っ黒な遮光カーテンが閉じられている。昼過ぎの今の時間でも、かなり薄暗く、その表情までは窺えない。
どうしたものかな、と思った。
『野良が居るかもしんないから。適当に世話……腹減ってたら、飯とかやっといて』
神のお告げのように、あっくんの声を聞いた。
何とも絶妙なタイミングで、野良くんの方から「ぐうおおお……」という地響きみたいなくぐもった音がした。
「……あー……」
羞恥心で更に一層身を小さく固くする野良くんは、明らかに俺より子供に見える。というか、どう見たって未成年だ。
そこで、大人の俺がすべきことなんて、きっと一つ。それは、彼との距離感に悩み決めあぐね、時間を浪費することではない。
「取り敢えず、……何か食べる?」
一人の大人として彼に、手を差し伸べることだろう。
最初のコメントを投稿しよう!